はじめに:薬剤師×〇〇という言葉の流行に思うこと
最近、SNSやキャリア関連のメディアで「薬剤師×〇〇」というフレーズを見かける機会が増えました。薬剤師×ライター、薬剤師×SNS発信、薬剤師×プログラミング……。なんだか華やかに聞こえますし、正直ちょっと気になりますよね。
私自身、この「掛け算キャリア」という考え方に否定的ではありません。むしろ、これからの時代に自分の価値を言語化し、市場に伝えていく姿勢は大切だと思っています。
ただ、ここ、少し立ち止まって考えたいところがあるんです。
「薬剤師×〇〇」と名乗れば、それだけで市場価値が上がるわけではない。
むしろ、この掛け算を間違えると、逆効果になることすらあります。
今回は、薬剤師の雇用環境の変化を踏まえながら、「掛け算キャリア」の注意点と、本当に活かせる形について整理してみます。どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。
目次
薬剤師を取り巻く雇用環境──「売り手市場」はもう終わりつつある

まず、前提となる雇用環境の話から。ここを押さえておかないと、「なぜ今、付加価値が話題になるのか」が見えてきません。
有効求人倍率の変化を見ると…
薬剤師の有効求人倍率は、2018年には5.35倍ありました。つまり、薬剤師1人に対して5件以上の求人があった時代です。
それが2023年には2.17倍まで低下。2024年度も2.11倍前後で推移しており、かつての「どこでも引く手あまた」という状況からは明らかに変わってきています。
でも2倍以上あるなら、まだ売り手市場じゃないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
数字だけ見るとそう見えますね。ただ、都市部と地方、年代、経験値によって状況は全然違います。特に都市部の20〜30代は、希望条件が多いと書類選考で落ちるケースが増えているんです
都市部と地方の二極化
都市部では薬剤師が集中しているため、「薬剤師資格を持っていれば採用」という時代は終わりつつあります。一方で、地方や一部の業態(在宅に力を入れている薬局など)では依然として人手不足が続いています。
つまり、「全国どこでも」「どんな条件でも」働ける薬剤師は強いけれど、特定のエリア・条件にこだわる場合は厳しくなってきているというのが現状です。
「薬剤師×〇〇」の理論的背景──藤原和博氏の「100万人に1人」理論

「薬剤師×〇〇」という発想の背景には、教育改革実践家・藤原和博氏が提唱する「キャリアの大三角形」の考え方があります。
100分の1を3つ掛け合わせる
藤原氏の理論をざっくりまとめると、こうです。
- 1つの分野で1万時間(約5〜10年)集中すれば、100人に1人の存在になれる
- それを3つの分野で達成すれば、100×100×100=100万分の1の希少性が手に入る
- この希少性が高いほど、「代わりがきかない人材」として市場価値が上がる
オリンピックのメダリストは約100万人に1人の確率。でも、アスリートのように1つの分野で99万9999人に勝つのは至難の業です。それより、3つの分野をそれぞれ100人に1人レベルで掛け合わせるほうが現実的、というのがこの理論のポイントです。

ポッポ先生
面白い考え方ですが、ここで見落としがちなのは「100人に1人」というレベルにはちゃんと1万時間かかるということ。3年働いて「自分は1人前」と思うのは早計です
「薬剤師×〇〇」の落とし穴──2つの注意点

さて、ここからが本題。掛け算キャリアには、気をつけたいポイントが2つあります。
注意点①:薬剤師の部分が「1未満」になっていないか
掛け算で考えるなら、ベースとなる「薬剤師」の部分が1以上でないと意味がないんです。
私がSNSで見かける「薬剤師×〇〇」を謳う人の中には、正直なところ「薬剤師部分が1未満じゃない?」と感じてしまうケースがあります。誤解を恐れずに言えば、薬剤師として自信がないから、〇〇の部分で優位に立とうとしているように見えることも。
それが悪いことだとは思いません。自尊心は大切ですし、得意なことで勝負するのは自然な発想です。
ただ、「薬剤師×〇〇」と名乗っている以上、薬剤師単独の人より目立ちます。そこで薬学的に的外れなことを言ってしまうと、すぐにメッキが剥がれます。
でも、調剤経験3年あれば一人前って言いますよね?

オカメインコ

ポッポ先生
よく聞くフレーズですが、現場だとここで詰まりがちなところです。薬剤師の世界って、3年で見える景色と10年で見える景色がかなり違う。「一人前」の定義にもよりますが、1万時間の法則で言えば5〜10年は必要というのが妥当な見方ですね
注意点②:〇〇の部分に「需要」があるか
もう1つの注意点は、〇〇に入れるものに市場の需要があるかどうか。
たとえば「薬剤師×ブロガー」と謳ったとして、それが組織や社会にどんな価値を提供できるでしょうか。ブログを書くスキル自体は悪くないですが、それを求めている雇用主がどれだけいるかを冷静に考える必要があります。
私ならまず、「その〇〇は誰が必要としているのか」を確認します。
| 〇〇の例 | 需要 | 補足 |
|---|---|---|
| 在宅医療の経験 | ◎ 高い | 高齢化で需要急増。転職市場でも高評価 |
| 認定・専門薬剤師資格 | ◎ 高い | がん、感染制御、緩和ケアなどは特に |
| 語学力(英語・中国語など) | ○ 中〜高 | 外国人患者対応のニーズ増加 |
| マネジメント経験 | ○ 中〜高 | 管理薬剤師として評価される |
| SNS発信・ブログ | △ 限定的 | 直接の雇用価値にはつながりにくい |
| 趣味・特技(料理、ゲーム等) | × ほぼなし | 自己紹介としては◯、市場価値には× |
趣味や得意なことを〇〇に入れるのは自己紹介としてはアリですが、市場価値を高める目的なら、需要のある分野を選ばないと効果がありません。
「薬剤師×〇〇」の注意点まとめ
- 薬剤師の部分が1未満だと、目立つだけで恥ずかしい
- 〇〇の部分に需要がなければ市場価値は上がらない
「薬剤師×〇〇」を肯定してみる──掛け算が活きる場面

ここまで注意点を挙げてきましたが、掛け算キャリアを否定しているわけではありません。むしろ、正しく使えば強力な武器になると思っています。
30代以降は「何ができるか」を問われる
転職市場では、20代はポテンシャル(伸びしろ)で評価されることが多いですが、30代以降は「具体的に何ができるか」が問われます。
ここで〇〇の部分が活きてきます。たとえば、
- 薬剤師×在宅療養支援認定薬剤師
- 薬剤師×がん薬物療法認定薬剤師
- 薬剤師×管理薬剤師経験5年
こういった形なら、採用側にとって明確な価値が伝わります。
自分にラベルを貼る意味
〇〇を持つことは、自分の強みを言語化する作業でもあります。「自分は何者か」を説明できることは、転職だけでなく、日々の業務でのポジショニングにも役立ちます。
じゃあ、専門資格を取るのが一番いいってことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
王道はそうですね。ただ、専門資格は取得に時間がかかるものも多い。まずは「研修認定薬剤師」を取って、そこから興味のある分野を深掘りしていくのが現実的です。かかりつけ薬剤師の算定要件にもなっていますし
結局、〇〇で重要なのは何か
ここまで書いてきて思うのは、「薬剤師×〇〇」がダメなわけじゃないということです。
ただ、新人のうちから「薬剤師だけじゃダメだ」と焦ってサブスペシャリティを追い求めるのは違うと感じています。
王道は「専門性」を〇〇に入れること
藤原氏の理論に戻ると、3歩目のジャンプは「これまでの本業とかけ離れた分野」に踏み出すことが推奨されています。でも薬剤師の場合、今後の業界動向を考えると、〇〇にはまず薬学的な専門性を入れるのが現実的ではないでしょうか。
市場価値が高まる専門領域
- 在宅医療
- がん薬物療法
- 感染制御
- 緩和ケア
- 精神科領域
これらは、いずれも市場からの需要が高く、認定・専門資格という形で客観的な証明も可能です。
薬剤師業界自体が細分化していく
薬局の機能分化(地域連携薬局、専門医療機関連携薬局など)や、在宅医療の推進、オンライン服薬指導の普及……。薬剤師という資格自体が、今後ますます細分化・専門化していく流れにあります。
「全領域をカバーするジェネラリスト」より、「特定領域に強いスペシャリスト」が求められる時代になりつつある。そう考えると、〇〇に専門性を入れるのは時代の流れに合致しているとも言えます。

ポッポ先生
薬剤師過剰時代で様々な働き方が出ているので、予測不可能な部分もあります。零売や在宅専門、オンライン服薬指導の解禁など……。ただ、専門性を持っておくことが保険になるのは間違いないですね
まとめ:焦らず、まず「薬剤師として1以上」を目指す

最後に、ここまでの内容を整理します。
「薬剤師×〇〇」を考える前のチェックリスト
| チェック項目 | 確認ポイント |
|---|---|
| 薬剤師として「1以上」あるか | 調剤経験だけでなく、疑義照会や服薬指導の質、後輩への指導経験など |
| 〇〇に需要はあるか | 「それを求めている雇用主・市場があるか」を冷静に判断 |
| 〇〇に十分な時間を投じたか | 1万時間(5〜10年)の法則を目安に |
私が思う「順番」
- まず薬剤師として1以上になる(最低5年、できれば10年の実務経験)
- その中で自分の強み・興味を見つける
- 需要のある分野で〇〇を育てる(認定資格、専門領域、マネジメントなど)
正直、このあたりに正解はありません。キャリアの描き方は人それぞれですし、「薬剤師×〇〇」と名乗りたい人は名乗ればいいと思います。
ただ、「今のままでいいのか」と不安になったとき、焦って何かを足そうとするより、まず足元を固めること。それが結局、一番の近道じゃないかな、というのが私の考えです。
市場価値を意識しながら、でも焦らずに。自分のペースで強みを育てていけたらいいですよね。
参考情報

ポッポ先生
上記の記事もよければ参考にしてください。
- 藤原和博『100万人に1人の存在になる方法』(ダイヤモンド社)
- 厚生労働省「一般職業紹介状況」各年度版
- 厚生労働省「地域における薬局・薬剤師のあり方について」(2024年3月)
- 日本薬剤師会・日本病院薬剤師会 各認定制度





