高齢化が進む現代社会において、転倒予防は高齢者の健康維持と自立生活の継続に欠かせない重要課題です。最新の研究によると、何気ない日常習慣である「犬の散歩」が、高齢者の転倒リスク低減と運動能力維持に驚くべき効果をもたらすことが明らかになりました。本記事では、2025年に発表された最新研究に基づき、薬剤師として知っておくべき「犬の散歩と高齢者の健康」の関連性について解説します。
目次
定期的な犬の散歩が高齢者の転倒リスクを40%低減する驚きの研究結果
アイルランドのトリニティカレッジダブリンの研究チームによる最新の研究結果が、権威ある老年医学ジャーナルに発表されました。この研究は、60歳以上の地域在住高齢者4,161名を対象に、定期的な犬の散歩と転倒リスク、移動能力、転倒恐怖症の関連を調査したものです。
研究によると、週に4回以上犬の散歩をする「定期的犬散歩グループ」は全体の15%を占め、このグループは他のグループと比較して以下のような顕著な違いが見られました:
- 移動能力の向上:Timed-Up-and-Go(TUG)テスト時間が平均1.4秒速い
- 原因不明の転倒リスクが40%低い
- 転倒恐怖症のリスクが20%低い

ポッポ先生
TUGテストとは、椅子から立ち上がり、3メートル歩いて戻って再び椅子に座るまでの時間を測定するテストです。高齢者の移動能力や転倒リスクを評価する際に広く用いられている信頼性の高い評価方法ですよ!
これらの結果は、年齢、性別、婚姻状況、教育レベル、アルコール摂取、心疾患、脳卒中、多剤服用などの因子を調整した後も統計的に有意でした。つまり、犬の散歩そのものが高齢者の健康に独立した好影響を与えている可能性が高いのです。
アイルランド大規模研究が明らかにした犬の散歩と運動能力の関連性
この研究は、アイルランドの「The Irish Longitudinal Study on Ageing(TILDA)」という大規模な高齢者追跡調査の一環として実施されました。TILDAは高齢者の健康と社会的状況を長期的に追跡する信頼性の高い研究プロジェクトです。
研究対象となった高齢者(平均年齢71歳、女性54%)の中で、犬を飼っているが定期的に散歩に連れて行かない人は約13%でした。興味深いことに、犬を飼っているだけでは健康上のメリットは見られず、実際に定期的に散歩をすることが重要であることが判明しました。
犬を飼っているだけでは効果がないんですか?やっぱり散歩という運動が大事なんですね!

オカメインコ

ポッポ先生
その通りです。ただ犬を飼育するだけでなく、実際に「一緒に歩く」という活動が重要なポイントです。犬の飼育は責任を伴いますが、それが定期的な運動の動機づけになるという側面があるのですね。
犬の散歩が高齢者の心身に与える多面的な効果
犬の散歩が高齢者の健康に与える効果は、単に身体活動量が増えるという物理的な要因だけではありません。研究者たちは、犬の散歩がもたらす以下のような多面的な効果を指摘しています:
- 定期的な運動習慣の定着:犬のニーズに応えるという責任感が、天候や体調に関わらず定期的に散歩する動機づけとなる
- 社会的交流の促進:犬の散歩を通じて他の犬の飼い主や地域住民との交流が生まれ、社会的孤立を防ぐ
- 精神的健康の向上:動物との触れ合いによるストレス軽減や愛着形成が心理的健康をサポート
- 目的のある外出:単なる運動ではなく、犬の世話という明確な目的があることでモチベーションが維持される
特に注目すべきは、定期的な犬の散歩をしない犬の飼い主は、転倒恐怖症のリスクが40%高いという結果でした。つまり、転倒恐怖症が犬の散歩を避ける原因となっている可能性も考えられます。
転倒が怖くて犬の散歩をしないのか、犬の散歩をしないから転倒リスクが高まるのか、どっちが先なのでしょうか?

オカメインコ

ポッポ先生
良い質問ですね!この研究は横断的研究なので因果関係は断定できません。おそらく双方向の関係があり、転倒恐怖症→運動不足→さらなる機能低下→転倒リスク増大という悪循環が生じている可能性があります。ここに介入するのが私たち医療従事者の役割かもしれませんね。
薬剤師として患者に提案できる具体的な「動物との関わり」を通じた転倒予防アドバイス
この研究結果を踏まえ、薬剤師として高齢患者への服薬指導や健康相談の場面で以下のようなアドバイスを提供することが考えられます:
1. 転倒リスク評価と情報提供
- 転倒リスクを高める薬剤(睡眠薬、抗不安薬、降圧剤など)を服用している患者には、犬の散歩のような定期的な身体活動の有用性について情報提供する
- 多剤服用(ポリファーマシー)患者には特に、薬物療法だけでなく非薬物療法としての運動習慣の重要性を強調する
2. ライフスタイルアドバイス
- すでに犬を飼っている患者には、定期的な散歩の健康上のメリットを具体的に説明する
- 犬を飼っていない患者には、地域のボランティア団体や家族の協力を得て犬の散歩を手伝う機会を探すことを提案する
3. 転倒恐怖症への対応
- 転倒恐怖症を持つ患者には、少しずつ自信をつけるための段階的なアプローチを提案する
- 初めは家族や友人と一緒に犬の散歩をするなど、安全策を講じながら活動を再開する方法を提案する

ポッポ先生
薬剤師として重要なのは、薬の効果や副作用の説明だけでなく、患者さんの生活全体を視野に入れたアドバイスができることです。特に高齢者には、薬物療法と非薬物療法を適切に組み合わせた包括的なケアが大切ですね。
4. 多職種連携の視点
- 理学療法士やケアマネージャーと連携し、転倒リスクの高い患者や運動能力に不安のある患者のサポート体制を構築する
- 地域の健康増進プログラムや介護予防事業との連携も視野に入れる
まとめ:高齢者ケアにおける新たな視点としての「動物との関わり」
この研究結果は、高齢者の健康維持において「動物との関わり」という新たな視点の重要性を示しています。犬の散歩という日常的な活動が、転倒予防や運動能力維持に貢献する可能性があることは、医療従事者として知っておくべき貴重な知見です。
特に薬剤師は、多剤服用や薬剤関連転倒リスクの観点から患者を評価する機会が多いため、こうした非薬物的アプローチを服薬指導に組み込むことで、より包括的な患者ケアを提供できるでしょう。
動物アレルギーがある方や、ペットを飼えない環境の方には、どのようなアドバイスができますか?

オカメインコ

ポッポ先生
とても良い指摘です!すべての方が犬を飼えるわけではありませんね。そういった方には、地域のウォーキンググループへの参加や、定期的な散歩習慣を身につけるための別のモチベーション(例:歩数計の活用、目標設定、特定の場所への定期訪問など)を提案するといいでしょう。重要なのは「定期的に歩く習慣」を何らかの形で生活に取り入れることです。
研究者たちも指摘しているように、この研究は横断的研究であり、因果関係を確定するには縦断的研究が必要です。しかし、既存のエビデンスとも合わせて考えると、高齢者が可能な範囲で犬の散歩などの定期的な身体活動を維持することは、転倒予防や運動能力維持のために推奨できる方法と言えるでしょう。
薬剤師として、患者さんの薬学的ケアだけでなく、生活習慣全般についてもサポートできる視点を持つことが、これからの地域医療における私たちの重要な役割なのです。
Gallagher E, Lavan A, Kenny RA, Briggs R. The Association of Regular Dog Walking with Mobility, Falls and Fear of Falling in Later Life. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2025 Jan 11:glaf010. doi: 10.1093/gerona/glaf010. Epub ahead of print. PMID: 39798070.
英語医学論文要約
PECOによる研究デザインの要約
- P (対象集団): アイルランド縦断的加齢研究(TILDA)の第5波に参加した60歳以上の地域在住高齢者4,161名(平均年齢71歳、女性54%)
- E (介入/曝露): 定期的な犬の散歩(自己申告による週4日以上の犬の散歩、n=629、全体の15%)
- C (比較対照): 犬を飼っていないか、定期的に犬の散歩をしていない高齢者(n=3,532)
- O (アウトカム): 主要評価項目:移動能力(Timed-Up-and-Go [TUG]テスト)、転倒(説明可能な転倒と説明不能な転倒)、転倒恐怖感(自己申告)
- S (研究デザイン): 横断研究
- T (期間): データ収集は2018年〜2019年(TILDA第5波)、転倒は過去2年間の発生を評価
研究結果の要約
定期的に犬の散歩をする高齢者は、そうでない高齢者と比較して有意に移動能力が優れており、TUGテストの時間が平均1.4秒速かったです。また、多変量調整モデルにおいて、定期的な犬の散歩をする高齢者は説明不能な転倒の可能性が40%低く、転倒恐怖感の可能性が20%低いことが示されました。説明可能な転倒(つまずきや滑りによる転倒)の割合は両群間で類似していました。
評価項目 | 定期的な犬の散歩あり (n=629) | 定期的な犬の散歩なし (n=3,532) | p値 |
---|---|---|---|
TUG平均時間 | 10.3秒 (10.1-10.5) | 11.7秒 (11.1-12.2) | 0.0343 |
移動能力障害の割合 (TUG>15秒) | 5% (3-7%) | 11% (10-12%) | 有意差あり |
説明不能な転倒の割合 | 3% (2-5%) | 6% (6-7%) | 0.002 |
転倒恐怖感の割合 | 23% (20-27%) | 30% (29-32%) | <0.001 |
多変量調整後の移動能力障害、説明不能な転倒、転倒恐怖感に対するオッズ比はそれぞれ0.64 (95%CI 0.45-0.91; p=0.015)、0.60 (95%CI 0.38-0.96; p=0.034)、0.79 (95%CI 0.64-0.98; p=0.032)でした。
研究の限界
- 横断研究デザインであるため、因果関係の方向性を確立することができない(犬の散歩が良好な移動能力をもたらすのか、良好な移動能力が犬の散歩を可能にするのか不明)
- 犬の散歩の頻度に関するデータはあるが、散歩の時間や距離に関する情報がない
- 転倒に関するデータは自己申告に基づいており、思い出しバイアスの影響を受ける可能性がある
- 犬の種類、行動特性、健康状態など、犬の散歩に影響する可能性のある多くの要因が考慮されていない
用語解説
- TILDA: アイルランド縦断的加齢研究(The Irish Longitudinal Study on Ageing)。アイルランドの高齢者を対象とした大規模縦断研究
- TUG: Timed-Up-and-Go。椅子から立ち上がり、3メートル歩行し、方向転換して戻り、再び座るまでの時間を測定する移動能力評価テスト
- 説明不能な転倒: 単なるつまずきや滑りによらない、明らかな原因のない転倒
- 転倒恐怖感: 転倒することへの恐怖感。活動制限や生活の質低下につながる可能性がある
- 多変量調整モデル: 年齢、性別、婚姻状態、教育レベル、アルコール過剰摂取、心疾患、脳卒中、多剤併用、慢性疾患負担などの交絡因子を調整した統計モデル