バターか植物油か—日々の食事での選択が私たちの健康と寿命にどのような影響を与えるのか、気になる方も多いのではないでしょうか。2025年3月、JAMA Internal Medicine誌に掲載された大規模研究とそれに対する専門家の見解が、この問いに対する重要な知見を提供しています。「バターを使うか、植物油に置き換えるか、それが問題だ」というタイトルの招待論評と共に発表されたこの研究は、日常的な食生活の小さな変化が私たちの健康に大きな影響を与える可能性を示しています。
目次
結論:バターと植物油の摂取が死亡リスクに与える影響
この研究から見えてきたのは、バターの摂取量が多いほど総死亡リスクとがん死亡リスクが高まる一方、植物油(特にオリーブ油、大豆油、菜種油)の摂取量が多いほど総死亡リスク、がん死亡リスク、心血管疾患死亡リスクが低下するという明確な関係です。
特に注目すべきは、バターを植物油に置き換えることで、死亡リスクを大幅に減少させる可能性が示されたことです。具体的には、日常的に小さじ2杯(約10g)のバターを同量の植物油に置き換えるだけで、総死亡リスクが17%、がん死亡リスクが17%低下すると推定されています。

ポッポ先生
これは大変重要な発見です!バターと植物油の健康への影響の違いが、33年にわたる追跡調査で明らかになりました。特に植物油の種類によって効果が異なることにも注目すべきですね。
研究の背景:なぜこの研究が重要なのか
飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の健康への影響については、これまでも多くの研究が行われてきました。バターは飽和脂肪酸を多く含み、植物油は不飽和脂肪酸が豊富です。しかし、これらの食品摂取と死亡リスクとの関連性については、これまでの研究結果が一貫していませんでした。
この研究の価値は、以下の点にあります:
- 22万人以上の米国成人を対象とした大規模なコホート研究
- 33年間という長期にわたる追跡調査
- 4年ごとの食事内容の継続的な評価
- バターと様々な種類の植物油(オリーブ油、大豆油、菜種油、トウモロコシ油、サフラワー油)の個別評価
長期間の調査ということは、結果の信頼性が高いということですよね?一時的な食事パターンではなく、生涯を通じた食習慣の影響が見られるんですね!

オカメインコ
研究方法:どのように実施されたのか
この研究は、ハーバード大学の研究者らによって実施された3つの大規模コホート研究のデータを統合したものです:
- Nurses’ Health Study(NHS、1990〜2023年)
- Nurses’ Health Study II(NHSII、1991〜2023年)
- Health Professionals Follow-up Study(HPFS、1990〜2023年)
研究開始時点で心血管疾患、がん、糖尿病、神経変性疾患がなかった22万1,054人の成人を対象に、バターと植物油の摂取量を食物摂取頻度調査票によって4年ごとに評価しました。追跡期間中に50,932人の死亡(うち12,241人ががん、11,240人が心血管疾患による死亡)が確認されました。
研究チームは、バターと植物油の摂取量を4つのレベルに分類し、最も摂取量が少ないグループと比較した場合の死亡リスクを算出しました。また、バターを植物油に置き換えた場合の死亡リスクの変化も推定しています。
研究結果:バターと植物油の影響の詳細
バターの摂取と死亡リスク
- バターの摂取量が最も多いグループは、最も少ないグループと比較して、総死亡リスクが15%高かった(ハザード比[HR]、1.15; 95% CI、1.08-1.22)
- バターの摂取量増加(10g/日あたり)は、がん死亡リスクの12%増加と関連していた(HR、1.12; 95% CI、1.04-1.20)
- ただし、心血管疾患による死亡リスクとの有意な関連は見られなかった

ポッポ先生
特に注目すべきは、バターの使用方法によっても影響が異なることです。パンやトーストに塗るなどして直接摂取するバターと比べ、料理や焼き菓子に使用するバターでは死亡リスクとの関連性が弱かったのです。これは使用量や頻度の違いが影響している可能性があります。
植物油の摂取と死亡リスク
- 植物油の摂取量が最も多いグループは、最も少ないグループと比較して、総死亡リスクが16%低かった(HR、0.84; 95% CI、0.79-0.90)
- 植物油の摂取量増加(10g/日あたり)は、がん死亡リスクの11%低下(HR、0.89; 95% CI、0.85-0.94)と心血管疾患死亡リスクの6%低下(HR、0.94; 95% CI、0.89-0.99)に関連していた
- 植物油の種類別では、菜種油、大豆油、オリーブ油の摂取量増加(5g/日あたり)がそれぞれ死亡リスク低下と関連していた(菜種油:HR、0.85; 大豆油:HR、0.94; オリーブ油:HR、0.92)
- トウモロコシ油とサフラワー油については、明確な関連が見られなかった
バターから植物油への置き換え効果
研究者らは、バターを植物油に置き換えた場合の死亡リスクの変化も分析しました。その結果、毎日10gのバターを同量の植物油に置き換えることで:
- 総死亡リスクが17%低下(HR、0.83; 95% CI、0.79-0.86)
- がん死亡リスクが17%低下(HR、0.83; 95% CI、0.76-0.90)
- 心血管疾患死亡リスクが6%低下(ただし統計的に有意ではなかった)
植物油の種類別では、オリーブ油への置き換えが最も大きな効果を示しました(総死亡リスク19%低下:HR、0.81; 95% CI、0.77-0.84)。
毎日の小さな食習慣の変化が、こんなに大きな健康効果をもたらすなんてすごいですね!バターをオリーブ油に変えるだけで死亡リスクが19%も下がるなんて!

オカメインコ
広範な食事パターンとの関連性
招待論評では、バターと植物油の健康効果は、それらの脂肪酸組成だけでなく、より広範な食事パターンにおける役割にも依存する可能性があると指摘しています。バターはしばしば不健康な食事パターンと関連しているのに対し、植物油はより健康的なパターン(地中海式食事や植物ベースの食事など)と関連していることが多いのです。
これらの食事パターンは栄養価の高い食品と健康的な脂肪を豊富に含み、慢性疾患と早期死亡のリスクを減少させるために相乗的に作用します。興味深いことに、研究のサブグループ分析では、食事の質が低い参加者でも、植物油(オリーブ油を除く)の摂取が総死亡率の低下と関連していたことがわかりました。
これは、全体的な食事の質が低い人でも、バターを植物油に置き換えるという単一の変更が健康上の利益をもたらす可能性があることを示唆しています。
研究の意義と実践的アドバイス
この研究結果は、心臓病学会や栄養学会が推奨する食事ガイドラインを強く支持するものです。具体的には、動物性脂肪(バターなど)を非水素添加植物油(特にオリーブ油、大豆油、菜種油)に置き換えることの重要性を裏付けています。
日常生活での実践的なアドバイスとしては:
- パンやトーストにバターの代わりにオリーブオイルを使用する
- 料理の際にバターの代わりに菜種油や大豆油を使用する
- サラダにはオリーブオイルベースのドレッシングを選ぶ
- 揚げ物には大豆油や菜種油を使用する
- 伝統的にバターを使用するレシピでも植物油を代用してみる

ポッポ先生
研究結果を踏まえると、すべての植物油が同じ効果をもたらすわけではないことに注意が必要です。特にオリーブ油、大豆油、菜種油が健康上の利点を示した一方、トウモロコシ油やサフラワー油については明確な効果が確認されませんでした。また、パーム油やココナッツ油など、他の植物油については今回の研究では調査されていませんが、これらは飽和脂肪が多く、心血管疾患リスク増加と関連している可能性があることも覚えておきましょう。
研究の限界と今後の方向性
この研究にはいくつかの限界も存在します:
- 観察研究であるため、因果関係を完全に証明するものではない
- 食事データは自己申告に基づいており、測定誤差の可能性がある
- 研究対象者は主に白人の医療専門家であり、結果の一般化には注意が必要
今後の研究では、バターと植物油が健康に与える影響の分子メカニズムの解明や、より多様な人種・民族を対象とした研究が期待されます。
経済的側面と実践的考慮事項
招待論評の著者であるパーク博士らは、健康的な食生活選択の経済的側面にも言及しています。社会経済的地位の高い人々でさえ、食品コストが食事選択に影響し、健康格差に寄与する可能性があるとしています。この文脈で、様々な健康的な脂肪の手頃さを考慮することが重要です。
興味深いことに、オリーブ油を除外した解析でも、バターを植物油に置き換えることと死亡リスク低下との逆相関が一貫して示されました。これは、菜種油や大豆油などのより手頃な価格のオプションが、比較的高価なオリーブ油の実用的な代替品となり得ることを示唆しています。

ポッポ先生
経済的な観点も重要ですね。オリーブ油は確かに健康に良いですが、菜種油や大豆油といった比較的安価な植物油でも同様の健康効果が期待できるという知見は、実践的なアドバイスとして活用できます。
まとめ:薬剤師としての視点から
この研究結果は、薬剤師として患者さんの生活習慣指導を行う際にも非常に有用な情報です。心血管疾患リスクの高い患者や、がん予防に関心のある患者に対して、食事中の脂肪の種類と量に関する科学的根拠に基づいたアドバイスを提供することができます。
特に、「バターを完全に避ける」というような極端なアプローチではなく、「バターの一部を健康的な植物油に置き換える」という現実的なアプローチを提案することが効果的でしょう。この小さな変化が、長期的な健康リスクの大幅な低減につながる可能性があります。
パーク博士らが指摘するように、健康的な食事パターン全体を改善することが理想的ですが、総合的な食事推奨に従うことが難しい人々でも、バターを植物油に置き換えるという単一の実行可能な変化を行うことで、健康転帰を改善し死亡リスクを低減できる可能性があります。
日々の食事で少しずつできる健康への投資なんですね!患者さんにもこれなら取り入れやすいアドバイスになりそうです。予算に応じて菜種油や大豆油も選択肢になるというのも、現実的なアドバイスですね!

オカメインコ
- Zhang Y, Chadaideh KS, Li Y, et al. Butter and Plant-Based Oils Intake and Mortality. JAMA Intern Med. Published online March 6, 2025. doi:10.1001/jamainternmed.2025.0205
- Park YM, Park Y. To Butter or Replace With Plant-Based Oils, That Is the Question. JAMA Intern Med. Published online March 6, 2025. doi:10.1001/jamainternmed.2025.0203
補足資料:論文要約
PECOによる研究デザインの要約
- P (対象集団): ベースライン時に癌、心血管疾患、糖尿病、神経変性疾患のない米国成人221,054名(Nurses’ Health Study、Nurses’ Health Study II、Health Professionals Follow-up Studyの3つのコホート)。ベースライン時の平均年齢はNHSが56.1歳、NHSIIが36.1歳、HPFSが56.3歳。
- E (介入/曝露): バター摂取(食卓での追加およびクッキングで使用)と植物油摂取(サフラワー油、大豆油、コーン油、キャノーラ油、オリーブ油)。
- C (比較対照): バターと植物油摂取量の異なる群間での比較(摂取レベル1〜4の4段階)。また、バター10g/日を等量の植物油に置き換えた場合の効果を推定。
- O (アウトカム): 主要評価項目:総死亡率、副次評価項目:がんによる死亡率とCVD(心血管疾患)による死亡率。
- S (研究デザイン): 前向きコホート研究
- T (期間): 最大33年間のフォローアップ(1990-2023年)
研究結果の要約
最大33年間のフォローアップ中に50,932件の死亡が記録され、そのうち12,241件はがん、11,240件はCVDによるものでした。潜在的な交絡因子を調整した後、バターの最高摂取量は最低摂取量と比較して総死亡リスクが15%高く、一方で植物油全体の最高摂取量は総死亡リスクが16%低いことがわかりました。キャノーラ油、大豆油、オリーブ油の高摂取はそれぞれ総死亡率の低下と統計的に有意に関連していました。植物油10g/日の増加はがん死亡率の11%減少とCVD死亡率の6%減少に関連し、バターの高摂取はがん死亡率の上昇と関連していました。バター10g/日を等量の植物油に置き換えることで、総死亡率とがん死亡率の両方で17%の減少が推定されました。
評価項目 | バター高摂取(レベル4) | 植物油高摂取(レベル4) | 差異 (95%CI) | p値 |
---|---|---|---|---|
総死亡リスク | HR 1.15 | HR 0.84 | NA | <0.001 |
がん死亡リスク | HR 1.12 | HR 0.89 | NA | <0.001 |
CVD死亡リスク | 有意な関連なし | HR 0.94 | NA | 0.03 |
バターを植物油に置換(10g/日) | NA | HR 0.83 | (0.79-0.86) | <0.001 |
研究の限界
- 食事データは検証済みの食品頻度調査票に基づいていますが、測定誤差が存在する可能性があります
- 参加者は主に白人の医療従事者であり、結果の一般化可能性が限られる可能性があります
- 逆の因果関係の可能性があるため、ベースラインで主要慢性疾患を除外し、糖尿病、脳卒中、がん診断後の食事データの更新を停止するなどの対策が取られましたが、完全には排除できません
用語解説
- ハザード比(HR): 基準群と比較した場合の、ある事象(この場合は死亡)が発生するリスクの相対的な大きさを示す統計値
- 信頼区間(CI): 母集団の真の値が含まれる可能性が高い範囲を示す統計指標
- 飽和脂肪: バターに多く含まれる脂肪の一種で、心血管疾患リスクの増加に関連することがある
- 不飽和脂肪: 植物油に多く含まれる脂肪の一種で、オリーブ油に含まれる一価不飽和脂肪酸や、大豆油に含まれる多価不飽和脂肪酸がある
- 食品頻度調査票(FFQ): 過去の食品摂取頻度と量を評価するために使用される食事評価ツール