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「自分に向いてる仕事」を探し続けても見つからない理由──薬剤師の転職にラーニング思考が必要なわけ

「もっと自分に合う職場があるはず」。調剤薬局で3年、5年と経験を積むうちに、そんな気持ちが膨らんでいく瞬間がありませんか。適職診断をやってみたり、転職サイトで求人を眺めたり。でも、しっくりくる答えがなかなか出てこない。

私もかつて、そうやって「合う場所探し」に時間を使っていた時期がありました。けれど、ある考え方に出合ってから見え方が変わりました。転職後に活躍している人は、「合う職場を見つけた人」ではなく、「伸び方を設計していた人」だったのです。

この記事では、「自分に合う仕事を探す」思考──『転職学』(中原淳・小林祐児・パーソル総合研究所、KADOKAWA、2021年)で「マッチング思考」と呼ばれる考え方──がなぜ行き詰まりやすいのかを整理します。そのうえで、代わりとなる「ラーニング思考」を、薬剤師のキャリアにどう落とし込むかを具体的にお伝えします。適職診断が当たらないと感じている方、転職すべきか迷っている方に、判断の筋道をお渡しできればと思います。


マッチング思考はなぜ破綻しやすいのか──5つの「隠れた前提」

「自分の適性に合った職場を探す」。一見すると正しそうに見えるこの考え方を、『転職学』では「マッチング思考」と呼んでいます。そしてこの思考がうまく機能するには、実は5つの条件がすべて揃わなければなりません(『転職学』pp.40-42参照)。

条件内容薬剤師のリアル
① 自分をよく分かっている自分の強み・適性を正確に把握している調剤業務が中心だと、自分の可能性を狭く見積もりがち
② その自分はすぐに変わらない適性や価値観が固定されているライフイベントや経験で優先順位は変わる
③ 入りたい企業・仕事をよく分かっている転職先の実態を正確に把握できる面接だけで職場の雰囲気や残業の実態はわからない
④ その企業・仕事はすぐに変わらない組織の体制や方針が安定している調剤報酬改定、M&A、DX推進で職場は数年で別物になる
⑤ 自分と最適な仕事が出会える膨大な選択肢からベストを選べる限られた時間で全求人を精査するのは不可能

ここ、心当たりありませんか。①と②だけ見ても、「3年前の自分と今の自分」は同じ人間でしょうか。在宅に少し関わるようになった、後輩指導を任されるようになった──そうした経験で、大事にしたいことや得意なことは変わっていきます。

でも、適職診断とかで強みを整理するのは意味ないってことですか?

オカメインコ

オカメインコ

ポッポ先生

ポッポ先生

意味がないわけではないです。ただ、それは”今この瞬間の自分”のスナップショットでしかない、という前提で使いたいですね。結果を”答え”にするのではなく、”問い”を深めるきっかけにする──この距離感が大事です。

さらに厄介なのが、私たちの認識には「限定合理性」が働くという点です。世の中全体で見れば職種も企業も膨大ですが、薬剤師の転職では一見すると選択肢はそれほど多くないように見えます。調剤薬局、ドラッグストア、病院、本部職──求人票の形式も似ていて、業務内容も「調剤と服薬指導」が中心に映るからです。

「じゃあどうすればいいの」という声が聞こえてきそうです。ここからが本題です。


ラーニング思考とは何か──転職を「学習プロセス」として設計する

マッチング思考が「自分に最適な場所を探すこと」だとすれば、ラーニング思考は「自分が場に最適に適応すること──新たに学び、変化する覚悟をもつこと」です(『転職学』より。

私ならこの違いを、こう整理します。

マッチング思考:「私に合う職場はどこだろう?」
→ 自分も環境も“固定”として扱う

ラーニング思考:「この環境で、私は何を学び、どう変われるだろう?」
→ 自分も環境も“変数”として扱う

この発想の転換が、なぜ薬剤師にとって特に有効なのか。理由は2つあります。

1つ目は、薬剤師の仕事そのものが変化し続けているから。

対人業務の比重増加、在宅医療の拡大、電子処方箋──数年前に「理想的」だった職場の条件が、今はまったく違うものになっていることは珍しくありません。「合う場所」を見つけたつもりでも、その場所自体が変わってしまう。

2つ目は、日本の転職構造の特殊性です。

『転職学』の調査(パーソル総合研究所・中原淳「転職行動に関する意識・実態調査」、1万2,000人規模)によると、日本の転職の約8割は「不満ベース」です。前向きなキャリアアップが動機となる転職は約1割にすぎません。しかも、日本は転職しても収入が上がりにくい国際的にも稀な国です。

これは悲観する話ではなく、「不満を動機にしたまま”合う場所”を探しても構造的に報われにくい」という現実を知っておくことに意味があります。逆に言うと、ラーニング思考で「この環境から何を吸収し、次に何を持っていけるか」を設計した人のほうが、結果として転職の満足度が高くなるということです。

正直、毎日忙しいのに”学びを設計する”なんてハードル高くないですか?

オカメインコ

オカメインコ

ポッポ先生

ポッポ先生

そう感じるのは自然です。ただ、ここでいう”学び”は机に向かう勉強だけじゃありません。新しい業務をちょっと引き受ける、別の部署の人に話を聞く──そうした“小さな越境”も立派な学びです。5時間、10時間レベルの話から始められます。

⚠ ただし例外があります。ハラスメントや極端な長時間労働など、心身の安全が脅かされている場合は「学びの設計」より先に環境を離れることが優先です。ラーニング思考は万能ではなく、「最低限の安全が担保された環境」があってこそ機能する考え方です。


転職前にやる「学び直し」──5〜10時間でできる”職務の実験”

ラーニング思考が大事だとわかっても、いきなり転職するのはリスクがあります。私ならまず「今の場所でできる小さな実験」から始めます。

『転職学』では、転職前の学びが転職力(エンプロイアビリティ)を高めることが調査で示されています。しかも、上司や同僚との関係、組織外の人との交流範囲の広さが学び直し意識を高めるという結果も出ています。

現場だとここで詰まりがちなのが、「何から手をつければいいか分からない」という問題です。以下に、薬剤師が5〜10時間でできる”職務の実験”をまとめました。

小さく試せる実験リスト

① 情報発信してみる(5時間〜)

学会ポスターの下書き、症例のケースまとめ、SNSでの薬学情報発信など。「自分の知識を言語化する」だけで、何が伝えられて何が足りないかが見えます。

② 越境学習を体験する(5〜10時間)

他薬局の勉強会に参加する、医師やケアマネとの多職種連携の場に顔を出す、プロボノ(専門知識を活かしたボランティア)に参加してみる。『転職学』でも「越境学習」が自己認識を向上させることが指摘されています。いつもの職場の”方言”が方言だと気づくきっかけになります。

③ 「隣の領域」を手伝ってみる(5〜10時間)

在宅業務の同行、DI(医薬品情報)関連の問い合わせ対応、後輩の教育プログラム作成など。副業未満の「業務の寄り道」です。

④ 企業の情報を”調べ学習”する(3〜5時間)

『転職学』では「働く大人の調べ学習」の重要性が強調されています。転職先候補の中途採用比率、幹部層の出身、女性比率、育成制度の有無などを丁寧に調べるだけで、その企業が「校内マラソン型」(新卒偏重で途中入社者が不利になりやすい構造)かどうかがある程度わかります。

学会発表とか、そんな時間ないですよ……。

オカメインコ

オカメインコ

ポッポ先生

ポッポ先生

“完成品”をつくる必要はないんです。たとえば、担当患者さんの服薬指導で工夫したことを500字でメモしてみる。それだけでも”言語化の練習”になります。ハードルを下げるのがコツですね。

誤解されやすいので先に言うと、これらの実験は「転職しないための言い訳」ではありません。むしろ、実験をしてみて「この方向は面白い」と感じたらそれが転職の軸になりますし、「やっぱり違った」と分かればそれも貴重な判断材料です。行動の結果を”学び”として回収する──それがラーニング思考の核です。


転職先で伸びる人の行動──最初の90日で「吸収→調整」を回す

転職を決めたあと、ラーニング思考が真価を発揮するのは入社後です。『転職学』の調査によれば、転職者の2〜3割が入社前とのギャップ(「入社後リアリティ・ショック」)を経験しています。

ここで大事なのは、リアリティ・ショックをゼロにしようとしないことです。完全に事前情報を把握できる「完全転職」は構造的に存在しません。大切なのは、ショックを受けたあとにどう動くかです。

最初の90日で意識したい3つの行動

  1. フィードバック・シーキング:自分から聞きにいく
    「この書き方で合ってますか?」「前の薬局ではこうしてたんですが、こちらではどうですか?」──自分の仕事について能動的に意見を求めにいく行動です。『転職学』の調査でも、転職先で活躍している人はソーシャルスキル(関係開始スキル・関係維持スキル・主張性スキル)が高く、しかもそれは入社後に意識的にチューニングされていることがわかっています。
  2. ネットワーク・シーキング:「橋渡し役」を見つける
    新しい職場で「誰が何を知っているか」を教えてくれる人を探すことです。どうですか? 転職先で最初に困るのは、業務そのものよりも「この件は誰に聞けばいいのか」が分からないことではないでしょうか。
  3. アンラーニング:前職のやり方を一度”脇に置く”
    『転職学』では、37.6%の転職者が入社後に「仕事の進め方」や「人との接し方」を意識的に変えており、そうした調整を行った人のほうが職場に早く馴染んでいたことが報告されています。

いまの状況だと、薬剤師の場合は「前の薬局ではこうだったのに」と思う場面が特に多いはずです。調剤手順、患者対応のトーン、薬歴の書き方──同じ調剤薬局でも”方言”がかなりあります。

前の職場のやり方のほうが明らかに効率いいときはどうするんですか?

オカメインコ

オカメインコ

ポッポ先生

ポッポ先生

いきなり主張しないほうが安全です。『転職学』では”信頼蓄積理論”が紹介されています。まず関係を築いて信頼を貯めてから、改善提案をする。順番が大事なんですね。ただし、安全性に関わること──調剤過誤のリスクがあるような手順──は例外です。それは初日でも声を上げるべきです。

もう一つ、見落とされがちなのが「組織外とのつながり」です。転職後もなお社外の勉強会や元同僚とのネットワークを維持している人のほうが、新しい職場への馴染みが早いことが調査データから導かれています(。転職したからといって外部との接点を切ってしまわないことが、実はオンボーディングの隠れた鍵です。


薬剤師のキャリアに「ラーニング思考」を落とし込む──調剤→本部/DI/在宅特化/医療DXの学び方

最後に、薬剤師に多いキャリアの選択肢ごとに、ラーニング思考をどう使うかを整理します。ポイントは、「どの領域が自分に向いているか」ではなく、「その領域で何を学べるか、それは自分の次のキャリアにどう効くか」で考えることです。

領域別:学びの方向性チェック

キャリアの方向学べること学び方の入口注意点
調剤→本部・マネジメント人材管理、数字の読み方、組織運営、対外折衝店舗の数値管理を自発的に分析、エリアマネージャーに同行を依頼「向いてるか」より「何が学べるか」で判断する
調剤→DI(医薬品情報)情報の検索・評価・要約スキル、論文読解、問い合わせ対応の型PMDAの副作用データベースを定期的にチェック、疑義照会の記録を体系的にまとめる求人が限られるため、スキルを先に仕込む発想が有効
調剤→在宅特化多職種連携、フィジカルアセスメント、生活者視点での薬学管理在宅担当者の同行から始める、地域の多職種連携会議に参加身体的負荷もあるため「続けられるか」の視点が不可欠
調剤→医療DX・IT業務設計、データ分析の基礎、プロジェクト推進電子薬歴の運用改善をプロジェクト化、IT企業の薬剤師向けセミナーに参加変化が速いため、最新の求人状況は都度確認が必要

全部気になるけど、結局どれを選べばいいのか分からなくなりそうです。

オカメインコ

オカメインコ

ポッポ先生

ポッポ先生

“全部”を同時にやる必要はないです。判断軸は「回収できるか(学んだことが次に活きるか)」「続けられるか(負荷が現実的か)」の2つ。まず1つだけ5時間試してみて、手応えを感じたらもう少し深める。それで十分です。


まとめ:「合う場所」を探す前に、「伸びる設計」をしよう

この記事のポイントを振り返ります。

マッチング思考──「自分に合う職場を探す」──は、5つの前提がすべて成立しないと機能しません。自分も変わるし、職場も変わる。だからこそ、「転職を学習プロセスとして設計する」ラーニング思考が現実的な選択肢になります。

次の一歩として、まずやれること:

  • 今の職場で「5時間でできる小さな実験」を1つ始めてみる
  • 「この環境で学べることは何か」をノートに3つ書き出してみる
  • 転職先候補があるなら、「調べ学習」で中途採用比率・育成制度・組織の型を確認する

「今の職場にもう学べることがない」と感じたなら、それは転職を考える合理的なタイミングかもしれません。ただし、しないほうが安全なのは「不満だけを動機にした、学びの設計がない転職」です。

不確実な時代に”正解の職場”はありません。でも、どこにいても学び、変わり続けられる人は、結果として自分の居場所をつくり出せる。『転職学』が一万二千人の調査データから導いた結論は、薬剤師のキャリアにもそのまま当てはまると、私は考えています。


確認先(一次情報):

  • 中原淳・小林祐児・パーソル総合研究所『働くみんなの必修講義 転職学』(KADOKAWA、2021年)
  • パーソル総合研究所・中原淳「転職行動に関する意識・実態調査」(2019-2020年、全3回、計約1万2,000人規模)
  • 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
  • 総務省統計局「就業構造基本調査」
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