「子どもが風邪っぽい。でも、できれば薬は使いたくない」——そう思って検索すると、高い確率で出てくるのが「玉ねぎ靴下」(Onion in socks)という民間療法です。靴下の中にスライスした玉ねぎを入れて寝ると風邪が治る、という話ですね。SNSでは「やってみたら翌朝スッキリした!」という投稿が定期的にバズります。
ただ、私ならまず立ち止まります。「スッキリした気がする」と「実際に効いた」は、まったく別の話だからです。薬剤師として普段から医薬品の有効性を論文で確認する立場にいると、この違いがどうしても気になります。
この記事では、玉ねぎ靴下に風邪を治す科学的根拠があるのかを、臨床エビデンスと薬理学の視点から整理します。「なぜ広まったのか」「何が紛らわしいのか」「安全面のリスク」「じゃあ代わりに何をすればいいのか」まで、否定で終わらない構成にしました。いまの状況だと「やるべきか、やめるべきか」の判断材料がほしい方も多いと思いますので、その軸になれば幸いです。
目次
先に結論を3行で
- 「玉ねぎ靴下で風邪やインフルエンザが治る・早く治る」という主張を裏付ける質の高い臨床試験は、現時点で見当たりません。
- 「玉ねぎがウイルスや毒素を足裏から吸い出す」という説明は、皮膚のバリア機能やウイルス学の基本と矛盾します。
- 害が大きくないケースが多いとはいえ、皮膚刺激・接触皮膚炎のリスクはあります。乳幼児には特に慎重になりたいところです。
そもそも「玉ねぎ靴下」は何を主張しているのか

この民間療法には、実はいくつかのバリエーションがあります。ここ、整理しておかないと議論がかみ合わなくなるので先に言います。
主張A:足裏から”毒素”や”菌”を吸い出す
玉ねぎの硫黄化合物が皮膚を通じて体内の毒素やウイルスを引き寄せ、吸着する、という考え方です。
主張B:玉ねぎの成分が経皮吸収されて抗菌・抗ウイルス作用を発揮する
玉ねぎに含まれるケルセチンやアリシンなどが皮膚から吸収され、血中に入って感染と戦う、という論理です。
主張C:足ツボ(反射区)を刺激して免疫力が上がる
中医学のリフレクソロジーの考え方で、足裏に臓器の対応ポイントがあり、玉ねぎの刺激で免疫が活性化する、という主張です。
3つもあるんですか? どれが”本命”なんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
実はどれも明確な科学的裏付けがないんです。ただ、反論するにはそれぞれ別の切り口が必要になります。ひとまず全部テーブルに載せておきましょう。
どうですか? SNSの投稿だけ見ていると、これらが混ざった状態で語られていることが多いはずです。まずは「何が主張されているのか」を分けて把握しておくのが、判断の第一歩になります。
なぜこんなに広まった?——歴史と”ミアズマ”の残り香

「切った玉ねぎを部屋に置くと病気を防ぐ」という伝承は、実はかなり古いものです。米国玉ねぎ協会(National Onion Association)によれば、1500年代にはすでに「生の玉ねぎを部屋に置くとペスト(黒死病)を防げる」という信仰があったとされています。
当時の背景を理解するのに欠かせないのが、ミアズマ(瘴気)説です。19世紀後半に細菌学が確立されるまで、「病気は”悪い空気(miasma)”によって伝染する」というのが主流の考え方でした。ヒポクラテスの時代(紀元前5世紀頃)から受け継がれた概念で、腐敗した有機物が発する有害な蒸気が疫病を引き起こす——そう信じられていたわけです。
玉ねぎの強い刺激臭は、「悪い空気を浄化できる」と解釈されやすかったのでしょう。中世のペスト医師が香草を詰めたくちばし型マスクを着けていたのと同じ発想です。
でも、1919年のスペインかぜのときにも「玉ねぎを置いた家は大丈夫だった」って逸話があるって聞きました…

オカメインコ

ポッポ先生
その逸話は広く知られていますが、検証された研究ではなく個人のエピソードです。風邪は自然軽快することが多いので、”たまたまその家の人が回復した”だけかもしれません。相関と因果を混同しやすいところですね。
ここ、心当たりありませんか。「うちのおばあちゃんが言ってたから」という記憶が、SNSのシェアで”エビデンス風”に増幅されていく構図は、現代の健康情報ではよくあることです。ミアズマ説自体は19世紀末に否定されましたが、その”残り香”は民間療法のかたちで今も生きています。
科学的に考える——メカニズムの”詰みポイント”

では、先ほどの主張A〜Cを、現代の薬理学・生理学の視点で検証してみます。
「吸い出す」説(主張A)の問題
皮膚の最外層である角質層は、外界から体を守るバリアとして機能しています。ウイルスや細菌が体内から皮膚の外側に向かって移動し、玉ねぎに”吸着”されるというメカニズムは、皮膚生理学の基本と整合しません。体内の老廃物は主に肝臓と腎臓が処理して排出するものであり、足裏からの「デトックス」という概念自体に根拠が薄い状態です。
「経皮吸収で抗ウイルス」説(主張B)の壁
玉ねぎの揮発性硫黄化合物は確かに”匂う”ので、「皮膚から入りそう」と感じるかもしれません。ただ、匂い成分が鼻の嗅覚受容体に届くことと、薬理学的に有効な濃度で血中に到達することは、まったく別の話です。
私ならまずここを確認します。経皮吸収は分子量や脂溶性、皮膚の状態など多くの因子に左右されます。医薬品の経皮吸収製剤(貼り薬)は、長い年月をかけて最適化された製剤設計のうえで成り立っています。スライスした生の玉ねぎを足裏に当てただけで、抗ウイルス活性を発揮するほどの成分が血中に入るかどうか——これを検証した研究は見当たりません。
「リフレクソロジーで免疫アップ」説(主張C)の現状
リフレクソロジー(反射区療法)については、複数のシステマティック・レビューが存在します。2011年のErnstらのレビュー(RCT23件の分析)では、「リフレクソロジーがいずれかの疾患に対して有効であると説得力をもって示す臨床エビデンスはない」と結論づけています。2008年のWangらのレビューでも同様の結論でした。
ただし、ここには境界条件があります。リラクゼーション効果や主観的な快適さの改善を示唆する小規模研究は存在します。しかし、「足裏を刺激すれば免疫が上がって風邪が治る」とまで言える質のエビデンスは、現時点では確認されていません。
正直、難しくないですか? 全部ダメって言われると、じゃあなんであんなにバズるの?って思います…

オカメインコ

ポッポ先生
“風邪は多くの場合、何もしなくても数日〜1週間で自然に治る”という事実が大きいですね。玉ねぎを貼った翌日にたまたま回復期に入れば、”効いた!”と感じます。これがプラセボ効果と自然軽快の合わせ技です。
エビデンスレビュー——紛らわしい”それっぽい研究”の読み解き方

ここが記事の核心です。「玉ねぎ 抗ウイルス」で検索すると論文がたくさんヒットするので、「やっぱり効くんじゃないか」と思いたくなる気持ちはよくわかります。現場だとここで詰まりがちです。
PICOで整理する
薬剤師なら馴染みのある枠組みですが、読者の方のためにも簡単に示します。
| P(対象) | 風邪またはインフルエンザ様症状のある人 |
| I(介入) | 足裏にスライス玉ねぎを貼付(靴下で固定) |
| C(比較) | 貼付なし、またはプラセボ |
| O(アウトカム) | 症状持続期間、咳・鼻症状スコア、発熱期間など |
この条件を満たすRCT(ランダム化比較試験)は、私が調べた限り見当たりません。Healthline、THIP Media、米国玉ねぎ協会なども同様の見解を示しています。「臨床試験が存在しない」ということ自体が、重要な情報です。
読者がハマりやすい罠:「玉ねぎ成分の研究」との混同
ここ、迷いやすいところです。
玉ねぎに含まれるケルセチン(フラボノイド)には、試験管内(in vitro)でウイルスの複製を抑制する作用を示した研究が複数あります。2021年のDe Patrilloらの包括的レビューでは、ケルセチンがインフルエンザAウイルスやコロナウイルスに対して抗ウイルス活性を示したことが報告されています。
しかし、ここに大きな壁があります。
- これらは試験管内または動物実験の結果であり、ヒトが玉ねぎを足裏に貼った場合の結果ではありません。
- ケルセチンの経口摂取でも血中濃度は一般に低いことが知られています。足裏からの経皮吸収ではなおさらです。
- 「食べる」「抽出物を培養細胞に直接接触させる」「足裏に貼る」は、投与経路も到達濃度も全く異なります。
誤解されやすいので先に言うと、「玉ねぎの成分に抗ウイルス作用がある」ことと「玉ねぎを足裏に貼れば風邪が治る」ことは、論理的に直結しません。「ある物質が試験管内で効いた」→「それを皮膚に置けば人体で効く」という外挿は、薬学の世界では許容されていません。
でも、”効くかもしれない”くらいは言えませんか?

オカメインコ

ポッポ先生
“あるかもしれない”と”推奨できる”の間には大きな壁があります。臨床で使うには、少なくともヒトでの有効性と安全性のデータが必要です。現段階でそれがない以上、”推奨の根拠がない”と表現するのが正確ですね。
安全性と注意点——薬剤師として見逃せないリスク

「効くかどうかはさておき、害がないなら試してもいいんじゃない?」——そう考える方も多いと思います。実際、重篤な有害事象の報告は多くはありません。しかし、いくつか押さえておきたいポイントがあります。
皮膚刺激と接触皮膚炎
玉ねぎにはジアリルジスルフィド(diallyl disulfide)をはじめとする硫黄化合物が含まれています。これはニンニクと共通するアレルゲンで、接触皮膚炎の原因物質として皮膚科領域で報告されています。特に、靴下の中で密閉され、汗で湿った状態が続くと刺激が増す可能性があります。
皮膚が薄い乳幼児では、大人以上に注意が必要です。足裏の皮膚は比較的厚いとはいえ、長時間の接触でびらん(ただれ)を起こすリスクはゼロではありません。
小児特有のリスク
- 誤飲:小さな子どもが靴下から玉ねぎを取り出して口に入れる可能性があります。
- 看病の遅れ:「玉ねぎを貼ったから大丈夫」と安心してしまい、本来必要な受診や対症療法が遅れるリスク——これが個人的にはいちばん怖いと感じます。
「これは民間療法で粘る場面ではない」サイン
以下のような症状があるときは、玉ねぎ靴下に限らず民間療法で様子を見る段階ではありません。速やかに医療機関を受診してください。
- 高熱(38.5℃以上)が3日以上続く
- 呼吸が苦しい、ゼーゼーする
- 水分がほとんど取れない(脱水の兆候)
- 意識がぼんやりしている、ぐったりしている
- 生後3カ月未満の発熱
アレルギーがなければ問題ないんじゃ…?

オカメインコ

ポッポ先生
多くの場合はそうかもしれません。ただ、”害が少ない”ことと”やる価値がある”ことは別ですね。効果の根拠がない行為に時間を使うこと自体が、適切な対処を遅らせるリスクになりえます。ここは押さえたいです。
「じゃあ、何をすればいい?」——否定だけで終わらないために

風邪(普通感冒)は多くの場合、ウイルス性の自然軽快疾患です。抗菌薬は効きません。ここを踏まえたうえで、エビデンスが比較的しっかりしている対処法を整理します。
基本の支持療法
- 十分な休養:免疫系がウイルスと戦うにはエネルギーが必要です。体を休めるのは最もシンプルかつ確実な「治療」です。
- 水分補給:発熱や鼻汁で脱水になりやすいため、こまめな水分摂取が大切です。温かいスープや白湯は、のどの痛みを和らげる効果もあります。
- 加湿:乾燥した空気は粘膜を傷つけやすく、症状を悪化させます。適度な室内湿度(50〜60%が目安)を保つことが推奨されます。
OTC医薬品の使い分け
つらい症状には、市販薬(OTC)で対処できるケースも多いです。
| 薬の種類 | 主な用途 | 注意点 |
|---|---|---|
| 解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン、イブプロフェンなど) | 発熱・頭痛・関節痛の緩和 | イブプロフェンは空腹時を避ける |
| 鎮咳去痰薬 | 咳や痰がつらいとき | 成分・眠気の有無を確認して選ぶ |
| 鼻閉改善薬(点鼻薬など) | 鼻づまりがひどいとき | 血管収縮薬の連用(7日以上)は薬剤性鼻炎のリスク |
「それでも玉ねぎ靴下をやりたい」場合のリスク低減策
全否定で終わるのは私の本意ではありません。「どうしても試したい」という方のために、害を最小限にする工夫を挙げます。しないほうが安全ですが、やるなら以下は守ってください。
- 玉ねぎを直接肌に当てない(ガーゼや薄い布を1枚挟む)
- 短時間にとどめる(一晩中ではなく、1〜2時間で外す)
- 皮膚に赤み・かゆみ・ヒリヒリ感が出たらすぐ中止
- 乳幼児には行わない
- 正規の対処法(休養・水分・必要に応じた受診やOTC)を”代わりに”省略しない
ただしの場合として、もともとアレルギー体質の方やアトピー性皮膚炎がある方は、接触皮膚炎のリスクが高まります。こうした方は避けたほうが無難です。
結局、食べたほうがいいってことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
食べること自体は良い選択ですね。玉ねぎにはケルセチンやビタミンCが含まれ、バランスの良い食事の一部として免疫をサポートする可能性はあります。ただ、これも”風邪を治す薬”ではなく、あくまで日頃の栄養摂取の話です。
まとめ:「効く気がする」と「効く」の間にあるもの

改めて整理します。
玉ねぎ靴下に、風邪やインフルエンザを治す・早く治すという科学的根拠は、現時点で見当たりません。主張されているメカニズム(毒素の吸い出し、経皮吸収による抗ウイルス作用、反射区刺激による免疫向上)のいずれも、確立した科学的裏付けを欠いています。
玉ねぎ成分(特にケルセチン)の抗ウイルス作用を示す基礎研究はありますが、それは試験管内や動物実験のレベルであり、「足裏に貼る」という投与経路でヒトに効果があるかどうかは未検証です。
風邪は多くの場合、自然に治ります。だからこそ、何かを”した後に治った”とき、それが自然経過なのか介入の効果なのかを見分けるのは難しいのです。プラセボ効果と自然軽快——この2つが組み合わさると、「効いた実感」は簡単に生まれます。
次の一歩
- 風邪をひいたら:まず休む。水分をしっかり取る。つらい症状にはOTCの活用を検討する。
- 判断に迷ったら:かかりつけの薬剤師や医師に相談する。特に小児・高齢者・基礎疾患のある方は早めの受診を。
- 情報の確認先:厚生労働省の感染症情報ページ、CDC(米国疾病予防管理センター)の風邪・インフルエンザ情報が信頼性の高い一次情報です。
「やさしい気持ちで子どもに何かしてあげたい」という親の思いは否定しません。ただ、その気持ちの向け先は、エビデンスのある行動にしたほうが、結果的にお子さんのためになります。
参考情報・確認先
- National Onion Association「Onions & Flu」(https://www.onions-usa.org/)
- Healthline「Onion in Sock: Cold and Flu Treatment」(https://www.healthline.com/health/cold-flu/onion-in-sock)
- Ernst E, Posadzki P, Lee MS. Reflexology: An update of a systematic review of randomised clinical trials. Maturitas. 2011;68(2):116-120.
- De Patrillo A, et al. Quercetin and its derivates as antiviral potentials: A comprehensive review. Phytother Res. 2021;36(1):266-278.(PMC8662201)
- Wang MY, et al. The efficacy of reflexology: systematic review. J Adv Nurs. 2008;62(5):512-520.
- Albanesi M, et al. Immunological characterization of onion (Allium cepa) allergy. Postepy Dermatol Alergol. 2019;36(1):98-103.(PMC6409889)


