調剤薬局で働いていると、冬の流行期に限らずCOVID-19の処方箋は定期的に舞い込んできます。パキロビッド、ラゲブリオ、ゾコーバ——名前は覚えた。投与期限も頭に入っている。でも、「この薬、いまのエビデンスではどのくらい効くの?」と聞かれたとき、私はすぐに答えられるだろうか。
正直に言うと、ここ、迷いやすいところです。海外のレビューを読むと「効果は限定的かもしれない」と書いてある。一方、日本の5学会指針を見ると「発症◯日以内に使え」とはっきり書いてある。同じ薬なのに、なぜ印象がこんなに違うのか。
この記事では、2025年公表の5学会指針と、ACP(米国内科学会)のLiving Rapid Review Version 3の内容を軸に、薬局薬剤師として押さえておきたい判断の筋道を整理します。「結局どれを信じればいいの?」というモヤモヤに、私なりの交通整理をお伝えできればと思います。
目次
ACPレビューが見ているもの|「どのくらい効くか」の統計的な答え

まず、海外側の話から入ります。ACPがAnnals of Internal Medicineに掲載しているLiving Rapid Reviewは、外来COVID-19治療薬のエビデンスを継続的に評価しているレビューです。特徴は、ランダム化比較試験(RCT)を中心に据え、回復率、回復までの時間、入院、死亡、有害事象を体系的に見ている点にあります。
ここで押さえたいのは、ACPの問いの立て方です。「統計学的にどれだけ回復を早めるか?」——これが彼らの基本姿勢になります。だから結論はどうしても慎重になりがちです。「効果はあるかもしれないが、確実性は低い」という表現が並びます。
「かもしれない」ばかりだと、現場では使いにくくないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
気持ちはわかりますね。ただ、ACPは”科学的に言い切れる範囲”だけを書いています。確実性が低いのは薬が悪いのではなく、オミクロン期のRCTがまだ十分に揃っていないからです。ここは区別したいところです。
いまの状況だと、「ACPが微妙と言っているから処方に意味がない」と短絡しやすいです。心当たりありませんか。でも、それは読み方のズレです。ACPは「効果がない」と言っているのではなく、「言い切れるほどのデータがまだない」と言っているに過ぎません。
日本の5学会指針が見ているもの|「いつ・誰に投与するか」の実務判断
一方、日本感染症学会を含む5学会が合同で作成している「新型コロナウイルス感染症 診療の指針 2025」は、切り口がまったく異なります。
投与タイミングが治療成否を左右する——こちらの最大のメッセージはこれです。
薬ごとの投与開始期限を確認しておきます。
| 薬剤名 | 一般名 | 投与開始期限 | 対象 | 用法 |
|---|---|---|---|---|
| パキロビッドパック | ニルマトレルビル/リトナビル | 発症5日以内 | 重症化リスクあり(12歳以上・40kg以上) | 1日2回・5日間 |
| ラゲブリオ | モルヌピラビル | 発症5日以内 | 重症化リスクあり(18歳以上) | 1日2回・5日間 |
| ゾコーバ | エンシトレルビル | 発症3日以内(72時間) | 軽症〜中等症I(リスク問わず) | 1日1回・5日間 |
ここ、現場だとここで詰まりがちです。ゾコーバだけ「3日以内」なんです。パキロビッドやラゲブリオの「5日以内」と混同しやすい。処方箋を受け取った時点で発症日を逆算して、期限内かどうかを即座に確認する——これが薬局側の最初の仕事になります。
でも、発症日って患者さん自身も曖昧なことが多くないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
そのとおりです。だからこそ「いつから症状が出ましたか」の確認は、処方監査以前の段階で聞き取る必要があります。曖昧なら医師に確認を返す。ここは薬剤師側から動かないと、そのまま流れてしまいます。
つまり日本の指針は、科学的な効果の大小を議論するよりも、治療機会を逃さないことに力点を置いています。「その患者に、今この瞬間、使うべきか?」が問いなんです。
なぜ印象が違うのか|問いの立て方が違うだけ
ここまで読んで、ACPと5学会指針の印象が違う理由はシンプルだと気づくかもしれません。
問いが違うからです。
ACPは「この薬にどのくらいの効果があるか?」と問う。日本の指針は「目の前の患者にどう使うか?」と問う。同じ薬を扱っていても、見ている角度がまるで違います。
私ならまず、この前提を頭に入れたうえで両方を読みます。どちらか一方に偏ると、判断がゆがみます。ACPだけ読むと「微妙な薬」に見える。日本指針だけ読むと「とにかく早く出せ」に見える。逆に言うと、両方を重ねると実務的な判断材料がかなり揃います。
正直、両方読む時間がないんですが……

オカメインコ

ポッポ先生
全文を読む必要はないですよ。ACPからは「ベネフィットの確からしさ」と「有害事象の傾向」を、日本指針からは「投与期限」「優先患者」「禁忌・相互作用」を拾う。それだけで十分です。要は使い分けですね。
薬剤ごとの評価を重ねて読む|ACPの見方と実務上の注意点

ここからは、主要3剤について、ACPレビューの評価と日本の実務上の注意点を並べて整理します。
ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド)
ACPの評価では、回復率の改善と回復までの時間短縮の可能性が示されています。ただし副作用(味覚異常など)がわずかに増える傾向も報告されています。
実務で最も注意すべきは、やはり薬物相互作用です。リトナビルが強力なCYP3A4阻害作用を持つため、併用禁忌・注意薬が非常に多い。高齢者のポリファーマシーと重なると、ここがボトルネックになります。
私ならまず併用薬リストから確認します。降圧薬、脂質異常症治療薬、抗不整脈薬あたりは特に要注意です。腎機能障害がある場合は減量レジメンの確認も必要ですし、重度の腎障害では投与が推奨されません。
パキロビッドの見逃せないポイント
妊婦に使える唯一の経口抗ウイルス薬です。ラゲブリオとゾコーバは妊婦禁忌ですから、妊婦で重症化リスクがある場合にはパキロビッドが選択肢に入ります。
モルヌピラビル(ラゲブリオ)
ACPの評価では、回復率の改善と回復時間の短縮が示され、さらに3〜6か月後の症状持続が減少する可能性も報告されています。罹患後症状(いわゆる後遺症)への影響を示唆するデータがある点は注目に値します。
実務上の最大のメリットは、併用薬の制約が比較的少ないことです。パキロビッドが使えない患者——たとえば併用禁忌薬が多い高齢者——にとって、現実的な選択肢になります。
誤解されやすいので先に言うと、ラゲブリオは「効果が弱い薬」ではありません。ワクチン接種者での重症化予防効果について議論があることは事実ですが、併用薬管理の観点から選ばれるケースは実臨床で少なくありません。
一方、妊婦・妊娠の可能性がある女性には禁忌です。催奇形性リスクがあるため、投与前の妊娠確認と投与後の避妊指導は必須になります。
それってつまり、若い女性に処方が出たら毎回確認が必要ということ?

オカメインコ

ポッポ先生
はい。妊娠可能年齢の女性には、処方のたびに確認が要ります。製造販売業者のRMP資材(リスク管理計画に基づく資材)を活用すると説明がスムーズです。面倒でもここは省略しないほうが安全です。
エンシトレルビル(ゾコーバ)
ACPの評価では、回復までの時間短縮については「はっきりしない」とされ、副作用は増える可能性が指摘されています。ここだけ見ると不安になるかもしれませんが、国内の臨床試験では5症状の改善を約1日短縮するデータが示されています。
ゾコーバの最大の特徴は、重症化リスクがなくても投与できる点です。パキロビッドとラゲブリオが「重症化リスクのある患者」を対象としているのに対し、ゾコーバはリスクの有無を問わず軽症〜中等症Iに使えます。
ゾコーバの注意点2つ
- 投与期限が「発症3日以内(72時間)」と短い
- CYP3A関連の相互作用あり——パキロビッドほどではないが添付文書の併用禁忌は要確認
そして、ゾコーバも妊婦禁忌です。ラゲブリオと同じく、投与前に必ず確認してください。
薬局での実務フロー|処方箋を受け取ったら最初にやること

ここまでの情報を、実務の流れに落とし込んでみます。どうですか? 情報は多いですが、やることは意外とシンプルです。
COVID-19抗ウイルス薬の処方監査フロー
- 発症日の確認(最優先)
「いつから症状が出ましたか?」を確認。ゾコーバなら72時間以内、パキロビッド・ラゲブリオなら5日以内が投与開始の目安です。期限ギリギリであれば、医師との連携を急ぎます。 - 併用薬の確認(パキロビッドでは特にボトルネック)
お薬手帳・薬歴から併用薬を洗い出します。パキロビッドはCYP3A4阻害が強力なので、ここが最も時間がかかる工程です。判断に迷う場合はリバプール大学の相互作用チェッカーや添付文書を照合してください。 - 禁忌・注意事項の確認
妊娠の可能性、腎機能、肝機能をチェック。妊娠可能年齢の女性に対しては、ラゲブリオ・ゾコーバは禁忌。パキロビッドも腎機能による減量判断があります。 - 患者説明
「5日間飲み切ること」「途中でよくなっても中断しないこと」を伝えます。ゾコーバは初日だけ3錠(その後1錠/日)という変則的な用法なので、ここは特に丁寧に。シートに日付を書いて渡すだけでも飲み間違いはかなり減ります。
全部やると時間かかりますよね。忙しいときは正直キツい……

オカメインコ

ポッポ先生
わかります。だからこそ、問診票やチェックリストで定型化するのが現実的です。発症日・併用薬・妊娠可能性・腎機能の4項目を最初にまとめて聞き取れるフォーマットを薬局で用意しておくと、抜け漏れが減りますよ。
見落としやすい落とし穴|例外と境界条件
最後に、「ただし」の話をしておきます。ガイドラインの外側にある現実です。
⚠ ワクチン接種歴による効果の違い
特にラゲブリオについては、ワクチン接種者に対する重症化予防効果が限定的とする報告があり、欧州では使用が減少しているとの指摘もあります。国内指針は現時点でラゲブリオを選択肢に含めていますが、今後のエビデンス次第で位置づけが変わる可能性はあります。
⚠ 罹患後症状(Long COVID)への効果は未確立
ACPレビューではモルヌピラビルで3〜6か月後の症状持続が減少する可能性が示唆されています。しかし厚生労働省の診療の手引き(罹患後症状のマネジメント 第3.1版)では「抗ウイルス薬の罹患後症状への有効性については、現時点で科学的知見は確立していない」と明記されています。期待先行にならないよう注意が必要です。
結局、どの情報を優先すればいいんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
一次情報に当たるのが一番です。日本なら5学会指針と各薬剤の添付文書、海外ならACPのLiving Rapid Reviewが信頼性の高い情報源になります。クリニックのブログやSNSの情報だけで判断しないほうが安全ですね。
まとめ|2つの視点を持つことが、薬剤師の判断力になる

改めて整理します。
ACPのレビューは、薬の「科学的な顔」を見せてくれます。効果の確からしさ、長期転帰への影響、有害事象の傾向——エビデンスの輪郭を知るための情報源です。
日本の5学会指針は、薬の「現場での顔」を見せてくれます。投与期限、優先すべき患者像、実際の運用基準——目の前の処方箋に答えるための情報源です。
どちらか一方では足りません。2つを重ねて初めて、「この処方箋にどう向き合うか」という実践的な判断ができるようになります。
次の一歩として、まずは以下の一次情報に一度目を通しておくことをおすすめします。
確認しておきたい一次情報
- 5学会による新型コロナウイルス感染症 診療の指針 2025(厚生労働省HPに掲載)
- ACP Living Rapid Practice Points Version 3(Annals of Internal Medicine に掲載)
- 各薬剤の最新添付文書(PMDAの医薬品情報検索)
全部読む必要はありません。自分が普段調剤する薬剤のセクションだけでも、次に処方箋が来たときの判断が変わるはずです。


