新しい薬の処方箋を受けたとき、MRさんの説明資料と添付文書をざっと見て「よさそうだな」で終わっていませんか。
私もかつてはそうでした。忙しい調剤の合間に、MRさんが置いていった資材をパラパラめくる。医学論文や第III相試験の結果が載っていても、「有効性が示された」「忍容性は良好」の結論だけ拾って、それ以上は踏み込まない。でも、いまの状況だと、新薬の数も種類も増えていて、「なんとなく評価」では追いつかない場面が確実に増えています。処方箋を受けたときに「この新薬、従来薬と何が違うんだろう」と思っても、自分の言葉で説明できないのはもどかしいものです。
この記事では、新薬を系統的に評価するための枠組みとして、海外で広く使われているSTEPSと、日本医薬品情報学会が作成した「医療現場における新医薬品の評価の手引き」の2つを紹介します。どちらも「どこから手をつけていいかわからない」を解消してくれるツールです。読み終えたあと、次に新薬の情報に触れたとき、「まずここを確認しよう」というチェックポイントが頭に浮かぶ状態を目指します。
目次
そもそも「新薬を評価する」とは何をすることなのか

「新薬の評価」と聞くと、医学論文を読み込んだり第III相試験のデータを精査したりするようなハードルの高い作業を想像するかもしれません。ここ、迷いやすいところです。
評価の本質は、もっとシンプルです。その薬が、目の前の患者さんにとって「既存の選択肢と比べてどうか」を判断すること。つまり比較の視点が軸になります。
でも、添付文書に有効って書いてあるなら、それでよくないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
添付文書の情報は承認審査を通過した事実を示していますが、”既存薬と比べてどの程度よいのか”までは読み取りにくいことが多いですね。そこを補うのが評価のフレームワークになります。
新薬は承認時点で有効性と安全性が一定水準を満たしていますが、市販後の使用経験がなく、臨床試験の対象集団と実際の患者層にはズレがあることも珍しくありません。だからこそ、「何がわかっていて、何がまだわかっていないのか」を整理する力が薬剤師には求められます。
海外発のフレームワーク「STEPS」──5つの視点で新薬を丸裸にする

STEPSの概要
STEPSは、米国の家庭医学誌 American Family Physician(AFP)で2003年に導入された新薬評価の枠組みです。Allen F. Shaughnessy氏(PharmD)がシリーズコーディネーターを務め、2024年現在も継続的に新薬レビューが掲載されています。
STEPSは以下の5項目の頭文字です。
| 項目 | 英語 | 評価のポイント |
|---|---|---|
| S | Safety(安全性) | 重篤な副作用、長期リスク、市販後に顕在化しうるリスク |
| T | Tolerability(忍容性) | 日常生活に影響する副作用(眠気・嘔気など)、臨床試験での脱落率 |
| E | Effectiveness(有効性) | 既存薬との比較、患者志向アウトカム(POE)で評価されているか |
| P | Price(価格) | 薬価だけでなく、モニタリング費用・受診コストも含めた総コスト |
| S | Simplicity(簡便性) | 用法の単純さ、保管条件、相互作用の管理のしやすさ |
STEPSの強み:「患者志向アウトカム」へのこだわり
私ならまず、Effectivenessの項目から確認します。なぜかというと、ここが一番「見かけ倒し」になりやすいからです。
STEPSが繰り返し強調しているのは、disease-oriented evidence(疾患志向エビデンス)ではなく、patient-oriented evidence(患者志向エビデンス)で有効性を見るべきという原則です。代替エンドポイント(血圧値やLDLコレステロール値の改善など)がいくら良くても、それが死亡率や生活の質の改善につながるかどうかは別問題です。
どうですか? ここに引っかかりを感じた方は、すでに評価の目が育ってきています。
でも正直、新薬が出たばかりの時点で患者志向アウトカムのデータがないことも多くないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
そのとおりです。だからSTEPSでは、”データがない”こと自体を明記するんですね。わからないものはわからないと書く。それが誠実な評価です。
Safetyの視点:「発売直後の1年」は慎重に
STEPSのSafety評価で押さえておきたいのは、新薬の安全性プロファイルは発売後数年かけて明らかになるという現実です。米国での調査では、1975〜1999年に承認された新薬のうち約10%が、承認後に重篤な有害事象が判明したと報告されています(Lasser et al.)。市販後のサーベイランスで重篤な副作用が特定されるまでの中央値は承認後3年という報告もあります。
逆に言うと、発売直後の新薬を「安全性が確認されている」と言い切るのはリスクがあるということです。STEPSでは、安全性に懸念がある場合、「発売後1年ほどは様子を見る(watchful waiting)」という選択肢も提示しています。
相対リスクと絶対リスク──ここは現場だと詰まりがちです
もうひとつ、STEPSが注意喚起しているのが相対リスク減少(RRR)と絶対リスク減少(ARR)の区別です。「リスクを50%低減」と言われると大きく感じますが、もとのリスクが2%であれば絶対リスク減少は1%に過ぎません。NNT(治療必要数)を計算すると、100人治療して1人がベネフィットを得る計算です。このコストと副作用リスクに見合うかどうか──そこまで踏み込むのがSTEPS流の評価です。
確認先(一次情報)
- STEPSの解説論文:Pegler S, Underhill J. Evaluating the Safety and Effectiveness of New Drugs. Am Fam Physician. 2010;82(1):53-57.
- STEPS掲載一覧:https://www.aafp.org/afp/steps
日本版の新薬評価ガイド──日本医薬品情報学会「新医薬品の評価の手引き」

なぜ日本独自の手引きが必要だったのか
STEPSは優れたフレームワークですが、日本の医療現場に特化した視点──たとえばインタビューフォームの読み解き方や、臨床試験デザインの妥当性評価、PK/PDの解釈──はカバーしていません。
日本医薬品情報学会(JASDI)の学術委員会が作成した「医療現場における新医薬品の評価の手引き」は、まさにこの空白を埋めたものになっています。委員長は東京大学医学部附属病院薬剤部の大野能之先生で、大学病院の薬剤師を中心に構成されたチームが執筆しています。
22のQuestion & Commentaryという構成
この手引きの特徴は、22のQ&C(Question & Commentary)形式で構成されている点です。「どこからでも読み始められる」設計なので、たとえば「臨床試験の結果をどう読めばいいか知りたい」という方はそこだけ拾い読みできます。
カバーしている領域は以下のとおりです。
| 領域 | 主なQuestion例 | 担当 |
|---|---|---|
| 開発の経緯・製品特性 | 開発の経緯から何を読み取るか?同効他剤との違いは? | 大野 能之 |
| 臨床試験 | 患者背景の外的妥当性は?評価項目の結果をどう解釈するか? | 冨田 隆志 |
| 薬物動態・PK/PD | 薬物動態パラメータからどう臨床に落とし込むか? | 近藤 悠希 |
| 妊婦・授乳婦 | 動物実験データをどう解釈するか?NOAELの考え方は? | 小原 拓ほか |
| 製剤学的事項 | 溶解性・安定性から何がわかるか?添加物の注意点は? | 鈴木 貴明 |
手引きが教えてくれる「落とし穴」
心当たりありませんか? 「この新薬は既存薬に対して非劣性が示された」と聞いて、それだけで「同等に使える」と判断してしまうこと。
手引きでは、非劣性試験の結果だけで新薬の有用性は判断できないと明確に指摘しています。対照薬がそもそも標準治療として確立されているか、非劣性の範囲が臨床的に許容されるか、安全性や利便性で明確な優位性があるか──これらを総合的に見ないと、「なんとなく選択肢が増えた」で終わってしまいます。
正直、論文や臨床試験のデータまで読み込む時間なんて…

オカメインコ

ポッポ先生
全部読む必要はないです。手引きのQ&Cに沿って、”この新薬で確認すべきポイントはどこか”を絞り込む。それだけでも評価の精度はぐっと上がります。
もうひとつ、現場で見落とされやすいのがin vitro データの解釈です。手引きでは「抗菌薬のMICの縦読みは御法度」という表現で、異なる薬剤間でin vitroの作用強度を単純比較する危険性を説明しています。薬理作用の強さだけでなく、臨床用量での血中濃度、時間推移、PK/PDを含めて考える必要がある──誤解されやすいので先に言うと、これはDI業務に限った話ではなく、薬局薬剤師がMRからの情報を受け取るときにも効いてくる視点です。
確認先(一次情報)
- 手引き本文:日本医薬品情報学会ウェブサイト(https://www.jasdi.jp/)で公開されています。日本語で詳細に書かれていますので、ぜひ一度目を通してみてください。
STEPSと手引き、どう使い分ける?──実務への落とし込み方

「2つもフレームワークがあると、どちらを使えばいいか迷う」──そう思った方もいるかもしれません。
私ならまず、こう整理します。STEPSは「判断の大枠」、手引きは「各論の掘り下げ」です。
使い分けの考え方
新薬の情報に初めて触れたとき、STEPSの5項目で「この薬はどの軸で評価すべきか」をスクリーニングします。たとえば既存薬が十分に確立されている領域なら、Effectivenessの比較データを最優先で確認する。希少疾病の新薬でデータが限られているなら、Safetyの不確実性を明確にする。
そのうえで、より深く掘り下げたい項目──臨床試験のデザインの妥当性、薬物動態の特徴、妊婦への投与リスク──は手引きのQ&Cに沿って確認する。この二段構えが実務的です。
具体的なチェックフロー(例)
新しい処方薬に出会ったとき、私ならこの順で動きます。
- 添付文書とIFを一読し、効能・効果と用法・用量の概要を把握
- STEPSの5項目で優先順位を決める(この薬で最も確認すべきは安全性か?有効性か?)
- 手引きのQ&Cから該当項目を選んで精読(臨床試験の対照群は妥当か?PK/PDの特徴は?)
- 根拠論文にあたる(第III相試験の主要評価項目は何か、対象患者はどんな集団か、RMPで潜在的リスクは何か)
- 評価結果を「わかっていること」と「わかっていないこと」に分けてまとめる
それってつまり、全部やると相当な時間がかかりますよね…

オカメインコ

ポッポ先生
すべての新薬にフル工程をかける必要はありません。たとえば、処方箋でよく見かけるようになった薬や、患者さんから質問された薬に絞って、月に1〜2品目やるだけでも評価力は着実に上がります。
「評価スキル」が薬剤師のキャリアに与えるインパクト

新薬の評価力は、一見すると病院のDI室や大学の研究者だけに必要なスキルに思えるかもしれません。でも、いまの医療現場を見ていると、薬局薬剤師にとってもこの力が効いてくる場面はどんどん広がっています。
処方提案の説得力が変わります。「添付文書にこう書いてあります」ではなく、「この薬の第III相試験は○○を対照にした非劣性試験で、主要評価項目は代替エンドポイントです。現時点では患者志向アウトカムのデータは出ていません」──こう伝えられる薬剤師は、医師からの信頼度が段違いです。
患者さんへの説明も変わります。「先生に新しい薬を出してもらったんだけど、これってどうなの?」──こう聞かれたとき、「この薬は発売から間もないので長期の安全性データがまだ十分ではありませんが、○○という点で従来薬より期待されています」と、不確実な部分を正直に伝えつつ根拠のある説明ができる。これは薬剤師にしかできない仕事です。
でも、自信がなくてなかなか最初の一歩が踏み出せないんです…

オカメインコ

ポッポ先生
最初から完璧な評価を目指さなくて大丈夫です。まずはSTEPSの5項目を意識しながら、次に気になった新薬のIFと根拠論文を見てみる。第III相試験のAbstractだけでも、”見え方”が変わるはずですよ。
そして、学び直しという観点で言えば、この2つのフレームワークは「何を学べばいいかわからない」という状態を脱出させてくれます。薬物動態が苦手ならPK/PDの項から、臨床試験の読み方が不安なら臨床試験の項から。手引きが学習のロードマップになるのは、忙しい薬剤師にとって大きなメリットです。
まとめ:次に新薬情報に触れたとき、ここから始めてみてください

この記事の結論をまとめます。
新薬を「なんとなく」ではなく系統的に評価するために、海外のSTEPS(Safety, Tolerability, Effectiveness, Price, Simplicity)と、日本医薬品情報学会の「医療現場における新医薬品の評価の手引き」という2つのフレームワークが使えます。STEPSで評価の大枠を決め、手引きで各論を掘り下げる──この組み合わせが実務的です。
次の一歩として提案したいこと
- まずは手引きの目次(22のQ&C一覧)に目を通してみてください。日本医薬品情報学会のウェブサイト(https://www.jasdi.jp/)から確認できます。全部読む必要はなく、興味のある項目から始めて問題ありません。
- STEPSについては、AFP誌のSTEPS一覧ページ(https://www.aafp.org/afp/steps)で実際の新薬レビュー記事を読むと、「5項目でこう整理するのか」というイメージがつかめます。
- 次に新しい処方薬に出会ったら、STEPSの5項目を頭に置いてIFと根拠論文を見てみてください。「何がわかっていて、何がまだわかっていないか」──この問いを立てるだけで、評価の質は確実に変わります。
評価力は、一朝一夕で身につくものではありません。でも、「どこを見ればいいか」がわかるだけで、日々の業務で触れる情報の見え方が変わります。小さく始めて、少しずつ積み上げていく。その入口として、この2つのフレームワークを活用していただければ嬉しいです。
参考資料・一次情報
- Pegler S, Underhill J. Evaluating the Safety and Effectiveness of New Drugs. Am Fam Physician. 2010;82(1):53-57.
- Wright J. Introducing STEPS. Am Fam Physician. 2003;68(8):1467.
- Shaughnessy AF. STEPS Drug Updates. Am Fam Physician. 2003;68(12):2342-2343.
- 日本医薬品情報学会 学術委員会 編「医療現場における新医薬品の評価の手引き」(https://www.jasdi.jp/)


