「病院薬剤師の退職理由は給与じゃないから、給与は病院薬剤師不足の原因じゃない」
2020年の検討会でこんな発言があって、当時話題になったのを覚えている人もいるかもしれません。私もこの話を聞いたとき、正直「ん?」と引っかかったんです。
確かに、退職理由で「給与」を挙げる人は少ないかもしれない。でも、それって「最初から給与が低いと分かっていて就職した人たち」のデータですよね。問題は「そもそも病院薬剤師を選択肢から外している人」がどれくらいいるか、じゃないでしょうか。
- 病院薬剤師不足の最新データ(2025年厚労省発表)
- 病院・薬局・ドラッグストアの初任給と手取り額の実際
- 奨学金返済が就職先選択に与える現実的な影響
- 「退職理由≠就職しない理由」という見落とされた論点
- 判断軸を持って納得できる選択をするための考え方
目次
最新データが示す病院薬剤師不足の”深刻さ”

まず現状を押さえておきます。2025年9月、厚生労働省が必要な業務量に対して病院薬剤師がどれだけいるかを示す偏在指標が47都道府県の全てで「1.0」を割り込み、不足していることを明らかにしました。
薬剤師偏在指標の全国平均:病院0.80、薬局1.08
つまり、病院は必要数の8割しか確保できていない状態です。病院薬剤師の偏在指標を「1.0」にするには約1万4,000人の確保が必要とされています。
1万4,000人って…そんなに足りてないんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
はい。これは「今すぐ」必要な人数ですね。将来的にはもっと必要になる可能性もあります。ちなみに1994年から2022年にかけて薬局の薬剤師数が13万人増えたのに対し、病院薬剤師は1.1万人の増にとどまっています。
ここで重要なのは、病院薬剤師を「目指す人」自体が減っているという点です。実際、6年制課程卒業生の就職状況を見ると、明確な傾向が見えてきます。
薬学部6年制課程卒業生の就職先推移
| 年度 | 薬局 | 病院・診療所 | 医薬品販売業 |
|---|---|---|---|
| 平成24年 | 3,308人 | 2,613人 | 654人 |
| 平成25年 | 3,601人 | 2,841人 | 741人 |
| 平成26年 | 3,134人 | 2,489人 | 488人 |
| 平成27年 | 2,846人 | 2,355人 | 467人 |
| 平成28年 | 3,199人 | 2,607人 | 443人 |
| 平成29年 | 3,070人 | 2,402人 | 890人 |
| 平成30年 | 3,475人 | 2,233人 | 931人 |
| 平成31年 | 4,455人 | 2,240人 | 656人 |
初任給の”現実的な差”を数字で確認する

では、給与面の実態はどうなっているでしょうか。まず初任給から見ていきます。
業種別の初任給比較(平成31年3月卒業生データ)
まず、実際の初任給分布を見てみましょう。
調剤薬局の初任給分布(回答者3,599人)
| 18万円以下 | 0.1% |
| 18万〜22万円 | 1.9% |
| 22万〜26万円 | 29.1% |
| 26万〜30万円 | 36.2% |
| 30万円超 | 32.6% |
ドラッグストアの初任給分布(回答者495人)
| 18万円以下 | 0.6% |
| 18万〜22万円 | 3.4% |
| 22万〜26万円 | 5.5% |
| 26万〜30万円 | 24.4% |
| 30万円超 | 66.1% |
病院の初任給分布(回答者1,520人)
| 18万円以下 | 0.4% |
| 18万〜22万円 | 41.6% |
| 22万〜26万円 | 49.4% |
| 26万〜30万円 | 7.3% |
| 30万円超 | 1.3% |
この分布を見ると、病院は91%が22万円〜26万円の範囲に集中している一方、ドラッグストアは66%が30万円超、調剤薬局も約7割が26万円以上となっています。
手取り金額で見る現実的な差
基本給から各種保険・税金を引いた手取り金額の比較(初年度モデルケース):
| 業種 | 基本給(平均) | 健康保険 | 厚生年金 | 雇用保険 | 所得税 | 手取り金額 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 調剤薬局 | 270,000円 | 13,860円 | 25,620円 | 810円 | 5,780円 | 223,930円 |
| 病院 | 220,000円 | 10,890円 | 20,130円 | 660円 | 4,340円 | 183,980円 |
| ドラッグストア | 330,000円 | 14,850円 | 27,450円 | 900円 | 6,750円 | 250,050円 |
月4万円って、年間で48万円ですよね。これが6年制の学費を背負った新卒にとってどういう意味を持つのか…

オカメインコ

ポッポ先生
そこなんです。次に奨学金の話と合わせて考えてみましょう。その前に、初任給だけでなく平均的な給与水準も確認しておきます。
従事先別の平均給料年度額(平成30年度)
| 従事先 | 平均給料年(度)額 | 給料額 | 賞与 |
|---|---|---|---|
| 病院(医療法人) | 524.6万円 | 440.0万円 | 84.6万円 |
| 病院(国立) | 565.3万円 | 440.3万円 | 124.9万円 |
| 病院(公立) | 595.9万円 | 458.6万円 | 137.3万円 |
| 一般診療所 | 1005.4万円 | 934.8万円 | 70.5万円 |
| 保険薬局(管理薬剤師) | 754.4万円 | 678.4万円 | 75.9万円 |
| 保険薬局(薬剤師) | 474.2万円 | 416.8万円 | 57.4万円 |
「退職理由≠就職しない理由」という見落とし

ここが私が最も引っかかった点です。
元の発言では「病院を退職した理由で給与を挙げた人が少ないから、給与は病院薬剤師不足の原因じゃない」という論理でした。でも、よく考えてみてください。
病院薬剤師になった人は、給与が低いことを承知の上で就職しています。
その人たちが退職理由として「人間関係」や「雰囲気」を挙げるのは、ある意味当然じゃないでしょうか。給与面はすでに「織り込み済み」なんです。
私ならこう整理します:
- 退職理由:すでに病院を選んだ人が辞める理由(給与は織り込み済み)
- 就職先を選ばない理由:最初から病院を候補から外す理由(給与が大きく影響)
薬剤師不足には2つの要因があります。
- 退職する人が多い
- なりたがる人が少ない
退職理由に給与が少ないからといって、「なりたがる人が少ない理由」に給与が関係ないとは言えません。
確かに…最初から選択肢に入れてない人のことは、退職理由調査には出てこないですよね。

オカメインコ

ポッポ先生
その通りです。複数の関係者の方に話を聞くと、民間薬局との給与水準の格差が大きな原因の1つになっていると指摘する声がありましたという静岡県の調査結果もあります。
奨学金返済の重みをどう考えるか

給与の話を「目先のお金」として片付けられない理由があります。それが奨学金です。
薬学生の奨学金事情(最新データ)
厚生労働省の資料によると、薬学部の奨学金の平均返済額は、病院薬剤師・薬局薬剤師ともに総額450万円前後です。ただし、これは平均の話で、返済予定総額が1千万円以上となる学生は26.2%という調査結果もあります。
奨学金を返済するまでの平均年数は、病院薬剤師が15.6年、薬局薬剤師は15年で、毎月およそ4.5~5万円程度の返還を続けています。
手取りから奨学金を引くと?
初任給の手取り額から奨学金の平均返済額(月25,000円)を引いた実質的な可処分所得を見てみます:
| 業種 | 手取り | 奨学金返済 | 実質手取り |
|---|---|---|---|
| 薬局 | 224,000円 | 25,000円 | 199,000円 |
| ドラッグストア | 250,000円 | 25,000円 | 225,000円 |
| 病院 | 184,000円 | 25,000円 | 159,000円 |
病院薬剤師の場合、一人暮らしだと月16万円で生活することになります。家賃、光熱費、食費、通信費、保険料…考えてみてください。
正直、これで地方で一人暮らしって、かなり厳しくないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
そうですね。実家から通える人ならまだしも、地方の病院に就職して一人暮らしとなると、生活自体が成り立たない可能性があります。ここ、現実として無視できない点です。
実際、リクナビ薬剤師の調査では、奨学金のある人の3人に1人は奨学金返済を踏まえた職場選びをしているというデータがあります。これは「贅沢な選択」じゃなくて、「生活を維持するための選択」なんです。
誤解されやすいので先に言うと
どうですか?ここまで見てきて、給与面が病院薬剤師を選ぶ際の障壁になっていない、と言い切れるでしょうか。
選択の自由と判断軸を持つこと

ここまで厳しい数字を並べてきましたが、最後に大事なことを書いておきます。
「やりたいこと」と「続けられるか」は別の話
「患者さんの役に立ちたい」「専門性を高めたい」という理由で病院を選ぶのは素晴らしいことです。でも、続けられない環境では、その想いは実現できません。
逆に言うと、給与面をクリアできるなら(実家暮らし、奨学金が少ない、パートナーと共働きなど)、病院薬剤師という選択は非常に魅力的です。チーム医療に携われる、急性期医療を学べる、専門資格取得の機会がある…これらは病院でしか得られない経験です。
判断軸を言語化する
- 経済面の確認
- 奨学金の返済額は?
- 実家から通える?一人暮らし?
- 生活費の最低ラインは?
- 成長面の検証
- どんな薬剤師になりたい?
- 5年後、何ができるようになっていたい?
- その経験は病院でしか得られない?
- 安全性の確保
- 無理なく続けられる収支か?
- 体調を崩したときのリスクは?
- 転職の選択肢は残せるか?
でも、就活の時点でそこまで考えるのって、難しくないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
難しいです。だからこそ、一人で抱え込まないことが大事なんです。大学のキャリアセンター、転職エージェント、先輩薬剤師…信頼できる人に相談しながら、「自分の判断軸」を少しずつ明確にしていくのがいいと思います。
国や病院側の動きも注目しておく
厚労省は「薬剤師確保ガイドライン」を公表し、自治体に薬剤師確保を進めるよう要請しています。具体的には、「給与制度の見直しの促進」「病院や薬局における働き方の見直しの支援」「地域医療介護総合確保基金の活用」などが検討されています。
ただし、これらが実際に現場の給与改善につながるには時間がかかります。公立病院の場合、給与改正するには自治体の条例を改正する必要があるので、手続きに時間がかかったり、簡単に給与を上げることができないという事情があります。
まとめ:判断の筋道を持って、納得できる選択を

「病院薬剤師不足に給与は関係ない」という主張には、大きな見落としがあります。
退職理由に給与が少ないのは、給与が低いと知って就職した人たちのデータだからです。問題は、給与面を理由に最初から病院を選択肢から外している人がどれくらいいるか、という点。
最新データでは:
- 全都道府県で病院薬剤師が不足(偏在指標0.80)
- 病院とドラッグストアで月6.6万円の手取り差
- 奨学金返済で月4.5〜5万円の支出が15年以上
- 薬学生の約35%が奨学金を利用、平均450万〜650万円
これらを踏まえると、給与面が病院薬剤師を選ぶ際の障壁になっているのは明らかです。
ただし、「だから病院は選ぶべきじゃない」という話ではありません。経済面をクリアできるなら、病院薬剤師は非常に魅力的な選択肢です。
大事なのは:
- 数字を正直に見ること
- 自分の状況(奨学金、生活費、サポート環境)を確認すること
- 「続けられるか」を冷静に判断すること
- 一人で決めず、信頼できる人に相談すること
奨学金を返済するために薬剤師になったわけじゃない。でも、返済できない選択をして生活が立ち行かなくなったら、本来やりたかったことも続けられません。
どうか、あなたの現実に即した判断軸を持って、納得できる選択をしてください。
不安があれば、大学のキャリアセンターや転職エージェント(ファルマスタッフ、マイナビ薬剤師など)に相談してみるのも一つの方法です。

ポッポ先生
あなたのキャリアは、あなたが決めるものです。
データ出典・参考情報の確認先
- 厚生労働省「第1回〜第12回 薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」資料
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査(令和3年〜令和5年)」
- 厚生労働省「薬剤師確保ガイドライン」「薬剤師確保のための調査・検討事業 報告書」
- 薬学教育協議会「就職動向調査」
- 各薬科大学の就職状況調査
- 静岡新聞「病院薬剤師の不足問題に関する報道」(2023年)
※本記事の給与データは主に平成30年〜令和5年の公開統計を基にしています。実際の条件は勤務地、施設規模、個人の経験・資格により変動しますので、詳細は各施設の採用担当者にご確認ください。


