先日の記事では、病院薬剤師がSNSで薬局薬剤師を批判してしまう心理メカニズム——相対的剥奪や認知的不協和——について解説しました。
「構造がわかった」という声をいただく一方で、こんな質問もありました。「じゃあ、この給料への不満はどうすればいいの?」と。
ここ、心当たりありませんか。
「自分は臨床能力も高いし、勉強も続けている。なのに給料は薬局より低い。これっておかしくない?」——そう思うのは自然なことです。
ただ、ここで一つ押さえておきたい前提があります。「能力が高い=給料が高い」というのは、実は社会の普遍的なルールではないということです。
この記事では、なぜ私たちは「能力=給料」と信じたくなるのか、実際に給料を決めているのは何か、そしてモヤモヤを建設的に処理するにはどうすればいいか——順を追って整理していきます。
目次
なぜ「能力=給料」と信じたくなるのか

公正世界仮説という認知バイアス
先日の記事で触れた「相対的剥奪」と深く関わるのが、公正世界仮説という心理学の概念です。
これは社会心理学者メルビン・ラーナーが1960年代に提唱したもので、「良いことをした人には良い結果が返ってくる」「努力は報われる」と無意識に信じてしまう認知バイアスのことです。
でも、努力が報われると思わないと、やる気が出ないですよね…。

オカメインコ

ポッポ先生
その通りです。公正世界信念には「将来のために頑張ろう」というモチベーション維持機能があります。ただし、現実とのズレが大きいとき、自分を責めたり、他者を不当に評価する原因にもなるんですね。
「能力が高ければ給料も高いはず」と考えたくなるのは、この公正世界信念が働いているからです。世界が公正であってほしい、自分の努力が無駄じゃなかったと思いたい——人間として自然な心理です。
問題は「信じすぎる」こと
誤解されやすいので先に言うと、「能力を高めても意味がない」ということではありません。
問題は、この信念が強すぎると、給料が上がらない自分を「能力が足りないせいだ」と責めてしまうことです。あるいは、給料が高い人を見て「あの人は能力が高いに違いない」と過大評価してしまう。
実際には、後で説明するように、給料には能力以外の要因が大きく影響しています。能力と給料は別々のロジックで動いている——この前提を持っておくと、無駄に自分を責めずに済みます。
給料は何で決まる?経済学の基本を押さえる

「限界生産性=賃金」は理論上の話
経済学の教科書には「賃金は労働者の限界生産性に等しくなる」と書いてあります。つまり、あなたが組織にもたらす価値が高ければ、給料も高くなる——理論上は。
ところが、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の研究によると、労働者の賃金と生産性は必ずしも一致していないことが示されています。
製造業のデータ分析では、入社から10年程度は賃金が生産性を上回り、中年期には生産性が賃金を超え、熟年期には再び賃金が生産性を上回る——という「ラジアー型」のパターンが確認されています。
えっ、働き盛りのときに「もらい負け」してるってことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
そう単純ではないですが、日本の賃金体系には「長期雇用を前提にした調整機能」が組み込まれていることが多いんです。短期的な能力と給料が比例しないのは、ある意味で制度設計上の「仕様」と言えます。
賃金決定には複数の理論がある
労働経済学では、賃金の決まり方についていくつかの仮説が提唱されています。
| 理論 | 内容 |
|---|---|
| 限界生産力仮説 | 賃金は労働者の生産性に等しくなる |
| 効率賃金仮説 | 高い賃金を払うことで、離職防止や不正防止など「効率」を買う |
| 補償賃金仮説 | 仕事のキツさや危険度に応じて賃金が調整される |
| インサイダー・アウトサイダー理論 | 既存社員の交渉力が賃金を左右する |
現場だとここで詰まりがちですが、要は「能力だけで決まるわけじゃない」ということ。どの理論が当てはまるかは、業界や組織によって異なります。
病院薬剤師の給料を決めている「本当の要因」

需給バランスが最大の要因
前回の記事でも触れましたが、薬剤師の年収には興味深いパターンがあります。
厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」によると、都市部より地方の方が年収が高い傾向があるんです。一般的な職業とは逆ですよね。
これは薬剤師の地域偏在——都市部に集中し、地方で人手不足——が原因です。つまり、あなたの年収は「能力」ではなく「どこで働いているか」で大きく左右されるということ。
病院薬剤師の年収構造
前回の記事で詳しく解説しましたが、改めて整理します。
| 業種 | 平均年収(公的調査) |
|---|---|
| 病院薬剤師 | 約569万円 |
| 薬局薬剤師(一般) | 約486万円 |
| 薬局薬剤師(管理) | 約735万円 |
一般薬剤師同士で比べれば病院のほうが高い。ただし初任給では約40万円の差がある。そして薬局は管理薬剤師比率が高いため、全体平均では薬局が上回って見える——という構造です。
じゃあ、病院薬剤師の給料が低いって話は、見方によるってことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
そうなんです。ただし、病院薬剤師が「報われていない」と感じやすい構造は確かにあります。高度な臨床能力を求められる一方で、診療報酬上の評価は限定的。能力が直接給料に反映されにくい仕組みになっているんですね。
能力が「直接」反映される部分は限定的
認定薬剤師や専門薬剤師の資格を取得しても、資格手当は月に数千円〜数万円程度というケースが多いのが現実です。
これは能力が「評価されていない」のではなく、資格と給料を連動させる仕組みが弱いということ。「能力」より「役職」や「勤務地」で給料が決まる構造になっています。
モヤモヤの正体を整理する

不満の本当の源はどこか
前回の記事で「置き換え攻撃」について解説しました。本当のフラストレーション源(制度・経営)を叩けないから、別の対象に攻撃が向かう——という心理です。
私ならまず確認するのは、「この不満は本当に薬局薬剤師に向けるべきものか?」ということです。
多くの場合、不満の本当の源は以下のいずれかです。
- 診療報酬制度(病院薬剤師の業務が適切に評価されていない)
- 病院経営(人件費を抑えざるを得ない構造)
- 人事評価制度(能力と処遇が連動しない)
- 社会的認知(薬剤師の専門性が十分に理解されていない)
薬局薬剤師を批判しても、これらは何も変わりません。
「能力」と「市場価値」を分けて考える
あなたの臨床能力や知識は、確かに「能力」です。でも、給料は「市場価値」——つまり、その能力にお金を払いたい人がどれだけいるか——で決まります。
能力を高めること自体は無駄ではありません。ただ、それを「市場価値」に変換するには、別のアクションが必要な場合があります。
具体的な次の一歩:転職活動で「市場」を知る

転職=退職ではない
転職活動って、今の職場を辞めるってことですよね?そこまでは考えてないんですが…

オカメインコ

ポッポ先生
ここは誤解されやすいので先に言うと、転職活動=実際に転職する、ではないんです。自分の市場価値を知るための「調査活動」として使えます。
給料に不満があるなら、まず転職市場に出てみることをおすすめします。実際に転職するかどうかは別の話です。
転職活動で得られるもの:
- 自分の市場価値の客観的な把握(同じ経験年数・スキルで、他ではいくら提示されるか)
- キャリアの棚卸し(自分の強み・弱みを言語化する機会)
- 選択肢の可視化(病院以外の道に何があるか)
- 現職の相対的な評価(意外と悪くないと気づくこともある)
薬剤師専門の転職サイトを活用する
どうですか? 転職サイトに登録するだけなら、リスクはほぼゼロです。
薬剤師専門の転職サイトでは、キャリアアドバイザーとの面談が無料で受けられます。この面談が、実は非常に有益です。
キャリアアドバイザーとの対話で得られること
- 「あなたの経験なら、〇〇万円が相場です」という具体的な数字
- 「病院経験は△△の領域で評価されやすい」という市場の傾向
- 「今後のキャリアで□□を伸ばすと市場価値が上がる」という方向性
でも、登録したら転職を強く勧められませんか?

オカメインコ

ポッポ先生
正直、そういうサイトもあります。ただ、「今すぐ転職は考えていないが、市場価値を知りたい」と最初に伝えれば、無理に勧めてこないところが多いですね。複数登録して比較するのが安全です。
\ 悪質な転職サイトは利用しないで /
薬剤師が転職する際に利用する人材紹介会社(転職エージェント)、どこも同じだと思っていませんか?
現在、国は医療の分野において紹介料目当てで頻繁な転職を促す悪質な人材紹介会社への対策を強化しています。

Lel-Rx
悪質な人材紹介会社の利用は、ミスマッチする可能性が高いです。
このような悪質な人材紹介会社には絶対に相談してはダメです!!(悪質とは言っても国の許可を得ているという矛盾もありますが…)
薬剤師が、キャリア相談や転職時に、転職エージェントを利用する場合は、適正な有料職業紹介事業者の認定を受けている転職エージェントを利用しましょう。
薬剤師の分野で優良認定を受けているところは、ファルマスタッフ、その他数社とまだ少ないです。
悪質な人材紹介会社がどこか分かれば対策しやすいのですが、そのような情報はなかなか表に出てきません。なので我々としては、優良認定を受けているところを優先するのが望ましいでしょう。
転職しなくても、視界が変わる
転職活動をしてみると、3つのパターンに分かれます。
- 「思ったより市場価値が高かった」 → 転職を具体的に検討する
- 「今の職場は悪くなかった」 → 現職への納得感が上がる
- 「市場価値を上げるには〇〇が必要」 → スキルアップの方向性が明確になる
どのパターンになっても、「なんとなくモヤモヤ」から「判断材料がある状態」に変わります。これが大きい。
それでも「転職は怖い」という方へ

小さく始める3ステップ
ただし、病院に長く勤めている方ほど、転職活動へのハードルは高いと思います。
私ならまず、こんな順序で始めます。
- ステップ1:情報収集だけする
転職サイトで求人を眺める(登録不要のものも多い)
同じ経験年数の求人がいくらで出ているか確認する - ステップ2:登録して市場価値を聞く
薬剤師専門の転職サイトに1〜2社登録
キャリアアドバイザーと面談(オンライン可)
「今すぐ転職は考えていない」と伝えた上で相場を聞く - ステップ3:具体的に比較検討する
興味のある求人があれば詳細を聞く
現職と条件を比較して判断する
いきなりステップ3に行く必要はありません。ステップ1だけでも、視界は変わります。
動かないのも一つの選択
逆に言うと、転職活動をした上で「やっぱり今の職場がいい」と思うなら、それも正解です。
大事なのは、「他に選択肢がないから今の職場にいる」のではなく、「選択肢を知った上で今の職場を選んでいる」という状態になること。
この違いが、モヤモヤの質を変えます。
まとめ:能力と給料は「別のゲーム」

改めて整理すると:
- 「能力が高い=給料が高い」と信じたくなるのは、公正世界仮説という人間の心理バイアス
- 実際の給料は、需給バランス・職場・役職・制度など能力以外の要因で大きく決まる
- 病院薬剤師の場合、診療報酬制度や人手不足という構造的な問題が給料に影響している
前回の記事で解説した「相対的剥奪」や「認知的不協和」は、この「能力=給料」神話と深く結びついています。神話を手放すことで、不必要な他者批判や自己否定から距離を取れるようになります。
給料に不満があるなら、SNSで他職域を批判するより、転職市場に出て自分の市場価値を確認する方が建設的です。実際に転職するかは別として、キャリアの棚卸しをすることで、モヤモヤが「判断材料のある状態」に変わります。
まずは、薬剤師専門の転職サイトで求人を眺めるところから始めてみてください。
- 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
- 厚生労働省「医療経済実態調査」
- 独立行政法人経済産業研究所(RIETI)「労働者の限界生産性と賃金の差の計測への新しいアプローチ」
- 日本病院会「病院薬剤師の確保に関するアンケート調査」



