SNSを眺めていると、時折こんな投稿が目に入りませんか。「薬局薬剤師は楽」「病院でちゃんと臨床やってからモノ言え」——。
私自身、こうした投稿を見るたびに複雑な気持ちになります。病院と薬局、どちらにも大切な役割がある。それは頭ではわかっているのに、なぜこうした言葉が飛び交うのでしょうか。
この記事では、病院薬剤師がSNSで薬局薬剤師を批判する現象を、心理学の視点から解説します。「誰かが悪い」という話ではありません。むしろ、一定の環境条件が揃うと人間誰しも陥りうる心理メカニズムの話です。この構造を理解しておくと、自分自身がモヤモヤしたときにも「あ、今これが起きてるな」と一歩引いて見られるようになります。
目次
なぜ「近い存在」ほど批判の対象になるのか——相対的剥奪という心理

でも、SNSで批判されてるのって薬局薬剤師が多い気がするんですが…医師とか看護師じゃなくて、なぜ同じ薬剤師同士なんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
ここ、迷いやすいところですね。実は”近い比較対象”ほど不満が燃えやすいんです。これを心理学では『相対的剥奪』と呼びます。
相対的剥奪とは、「自分(または自分の集団)は、努力や能力に見合った報酬を受けていない」という不公平感のことです。210件の研究を統合したメタ分析でも、相対的剥奪が怒りや敵意、さらには攻撃行動と関連することが確認されています。
ここで押さえたいのは、不満の火種は「絶対額」ではなく「比較対象とのギャップ」で生まれるという点です。
年収データを見るときの注意点

病院薬剤師と薬局薬剤師の年収比較はよく話題になりますが、ここ、注意が必要です。
まず、民間調査ベースのデータを見てみます。
| 調査元 | 病院薬剤師 | 調剤薬局 | 差額 |
|---|---|---|---|
| マイナビ薬剤師(2023年) | 521.7万円 | 583.8万円 | 約62万円 |
| 薬キャリ(m3.com系) | 474万円 | 517万円 | 約43万円 |
民間調査では「病院が低い」傾向が出やすいです。
一方、公的調査(厚生労働省「第24回医療経済実態調査」)では見え方が変わります。
| 業種 | 平均年収(2023年調査) |
|---|---|
| 病院薬剤師 | 約569万円 |
| 薬局薬剤師(一般) | 約486万円 |
| 薬局薬剤師(管理) | 約735万円 |
公的調査だと「一般薬剤師同士」で比べれば病院のほうが高いが、「管理薬剤師」を含めると薬局が上回る——という構図になります。
え、データによって全然違うじゃないですか。どっちが正しいんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
どちらも正しいのですが、比較対象を揃えていないのが混乱の原因です。薬局は1店舗に1人の管理薬剤師が必須なので、管理職比率が高くなりやすい。小規模薬局だと”薬剤師1人=管理薬剤師”というケースも多いんです。
私ならまず確認するのは、「一般薬剤師 vs 一般薬剤師」で比べているか、「管理職込み vs 管理職込み」で比べているかです。 ここを揃えないと、見かけの差が実態より大きく見えたり小さく見えたりします。
ただし、初任給で比較すると明確な差があります。
| 業種 | 初任給(平均) |
|---|---|
| 病院薬剤師 | 372.7万円 |
| 薬局薬剤師 | 415.3万円 |
キャリア初期の段階で約40万円の差があるのは事実です。奨学金を抱える新卒にとって、この差は小さくありません。厚労省の調査によると、薬学部5・6年生の35%が奨学金を受けており、「返済額が1000万円を超える」学生も25%います。
ここ、心当たりありませんか。「同じ国家資格を持っていて、同じ6年間の教育を受けたのに、なぜ向こうのほうが高いのか」——この感覚こそが相対的剥奪の核心です。
「病院薬剤師が足りない」という現実
2022年7月に日本病院会が公表したアンケート結果では、79.4%の病院が「薬剤師の確保に難渋」していると回答しています。確保できない理由として「調剤薬局の給与水準が高く、そちらに流れてしまう」という声が多く挙がっています。
厚労省の偏在指標を見ると、状況がより明確になります。
| 業種 | 偏在指標(目標1.0) |
|---|---|
| 病院薬剤師 | 0.80(不足) |
| 薬局薬剤師 | 1.08(充足) |
つまり、病院薬剤師は全国的に不足している一方、薬局薬剤師は目標を上回っているという偏在が起きています。この状況が、病院側の「報われていない感」をさらに強めている可能性があります。
「悪性の嫉妬」が攻撃に転じるメカニズム

年収差があるのはわかりました。でも、それだけでSNSで批判までするものですか?正直、そこまでいくのはちょっと…

オカメインコ

ポッポ先生
おっしゃる通りです。年収差だけでは攻撃には転じません。ここに『社会的比較』の心理が絡んでくるんです。
心理学では、自分より恵まれた人を見ることを「上方比較」と呼びます。この上方比較には二つの道があります。
- 良性の嫉妬:「あの人みたいになりたい」→ 学びや動機づけにつながる
- 悪性の嫉妬:「あの人より自分のほうが優れているはずなのに」→ 屈辱・敵意・相手の失墜願望
私ならまず確認するのは、「その不満はどちらのルートに向かっているか」です。
病院薬剤師には「自分は高度医療を担っている」「臨床能力は薬局より上だ」という自負を持つ方もいます。その自負があるからこそ、待遇面で差があると「学び」ではなく「攻撃」に転びやすくなる。実証研究でも、職場での上方比較が悪性の嫉妬や敵意につながるケースが報告されています。
逆に言うと、自負が低い場合や、そもそも比較対象として認識していない場合(例:医師と自分を比較しない)は、この心理は発動しにくい。「近くて、同じレベルのはずなのに」という認知があるからこそ刺さるわけです。
不協和を解消するための「価値の切り下げ」

それなら、転職すればいいじゃないですか。給料高いところに行けば解決では?

オカメインコ

ポッポ先生
そうなんです。でも現実にはそれができない、あるいは選ばないケースが多い。そこで別の解消法が必要になります。
心理学に「認知的不協和」という概念があります。簡単に言えば、自分の中で矛盾する認知を同時に抱えると、不快感が生じるという話です。
病院薬剤師の場合、こんな矛盾が生じることがあります。
- 「自分は有能で誇り高い専門職である」
- 「でも報酬は低い(または低く感じる)」
- 「かといって転職しない(できない)」
この3つが同時に存在すると、不協和が溜まります。すると、人は無意識にこの不快感を解消しようとします。
典型的な解消法が「相手の価値を下げる」ことです。
- 「薬局は楽だから給料が高いだけ」
- 「病院こそが”本物”の薬剤師」
- 「向こうは金目当て、こちらは志で働いている」
こうした語りは、報酬差を「能力や努力の問題」から「道徳や志の問題」に再解釈することで、自分の一貫性を守っているわけです。
現場だとここで詰まりがちです。「なんであの人はあんなこと言うんだろう」と思っても、当事者は自覚なく不協和解消をしているケースがある。だから説得しても響きにくい。
「内集団」と「外集団」——境界線を守る心理

でも、病院薬剤師同士なら仲がいいですよね?なぜ薬局だけ標的にするんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
そこは社会的アイデンティティの話になりますね。人は自分が属する集団(内集団)の価値を守ろうとする傾向があります。
「病院=高度医療」「薬局・ドラッグストア=商業」という語りは、単なる事実描写ではありません。集団同一性を守るための境界線として機能しています。
待遇差や人手不足が「地位脅威」として知覚されると、外集団(薬局・ドラッグストア)を低く描写することで、自尊感情を守ろうとする動きが出やすくなります。
いまの状況だと、病院薬剤師には「専門性が評価されていない」「人が集まらない」という不満が溜まりやすい構造があります。その不満が外に向かうとき、叩きやすい対象として「同じ資格だけど違う世界」にいる薬局薬剤師が選ばれやすい。
ただし、これは「病院薬剤師が悪い」という話ではありません。 環境条件が揃えば、誰でも起こりうる一般的な心理反応です。薬局側が病院を批判するパターンもあり得ますし、実際にあります。
本当の不満源を叩けない——「置き換え攻撃」という逃げ道

でも、本当に怒るべきは制度とか経営陣じゃないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
まさにそこなんです。でも制度や経営を直接変えるのは難しい。すると、攻撃が別の対象に移る。これを『置き換え攻撃』と呼びます。
本当のフラストレーション源が「診療報酬制度」「病院経営」「人事評価」だとしても、SNSではそれらを直接変えることができません。
すると、より叩きやすい対象——つまり近くて、反論してこなそうで、自分より「劣っている」と思える存在へ攻撃が移ります。
どうですか? 職場でイライラしたとき、つい関係ない人に当たってしまった経験はありませんか。置き換え攻撃は日常的に起きる心理であり、SNSではそれが可視化されやすいだけです。
SNSが過激化を後押しする——オンライン脱抑制効果

対面だったらあんなこと言わないですよね…?

オカメインコ

ポッポ先生
その通りです。SNSには『脱抑制効果』があります。匿名性や距離感が、普段は抑えている言動を解放してしまうんです。
オンライン脱抑制効果とは、対面では言いにくい攻撃的な発言がSNSでは出やすくなる現象です。心理学者Sulerが2004年に提唱し、その後の研究でも繰り返し確認されています。
脱抑制が起きやすい条件は以下の通りです。
- 匿名性が高い
- 相手の顔が見えない
- 即時に反応が返ってくる
- 「いいね」で承認される仕組みがある
病院薬剤師がSNSで薬局批判をする場合、相対的剥奪→悪性の嫉妬→認知的不協和→置き換え攻撃という心理的ルートに加えて、オンライン脱抑制がそれを増幅させるわけです。
しないほうが安全なのは、「正論だから言う」ではなく、「この発言が誰に届くか」を想像してから投稿すること。匿名だと思っていても、同業者の目には届いています。
まとめ:批判現象を「構造」で捉えると見え方が変わる

ここまで見てきたメカニズムを整理すると、こうなります。
- 相対的剥奪:報酬差と自負のギャップが不公平感を生む
- 悪性の嫉妬:「自分のほうが上のはず」という認知が敵意に転じる
- 認知的不協和:転職しない自分を正当化するため、相手の価値を下げる
- 社会的アイデンティティ:内集団の地位を守るため、外集団を攻撃する
- 置き換え攻撃:本当の不満源(制度・経営)を叩けず、近い対象へ転嫁する
- オンライン脱抑制:SNS環境が過激な発言を許容してしまう
この構造を知っておくと、何が変わるでしょうか。
まず、SNSで攻撃的な投稿を見たとき、「なんでこの人はこんなことを…」とイライラするのではなく、「あ、この人はいま不協和解消モードなんだな」と一歩引いて見られるようになります。
そして、自分自身がモヤモヤしたときにも、「これは相対的剥奪かもしれない」「本当の不満源は別にあるのでは」と点検できるようになります。
次の一歩として
- SNSで職域批判を見たら、6つのメカニズムのどれに当てはまるか考えてみる
- 自分がモヤモヤしたとき、「比較対象は適切か」「本当の不満源は何か」を書き出す
- 投稿する前に「これは誰に届くか」を3秒だけ想像する
批判現象を「個人の問題」ではなく「構造の問題」として捉えると、建設的な対話の糸口が見えてきます。病院も薬局も、患者さんのためにそれぞれの役割を果たしている。その当たり前のことを、改めて思い出せる記事になっていれば幸いです。
参考文献
【心理学文献】
- Smith HJ, Pettigrew TF, Pippin GM, Bialosiewicz S. Relative deprivation: A theoretical and meta-analytic review. Pers Soc Psychol Rev. 2012;16(3):203-232. PMID: 22194251 / DOI: 10.1177/1088868311430825
- Li Y, Wang S. “Comparisons are Odious”? – Exploring the Dual Effect of Upward Social Comparison on Workplace Coping Behaviors of Temporary Agency Workers. Psychol Res Behav Manag. 2023;16:4251-4265. PMID: 37873061 / DOI: 10.2147/PRBM.S425946
- Van de Ven N, Zeelenberg M, Pieters R. Leveling up and down: The experiences of benign and malicious envy. Emotion. 2009;9(3):419-429. PMID: 19485619 / DOI: 10.1037/a0015669
- Suler J. The online disinhibition effect. Cyberpsychol Behav. 2004;7(3):321-326. PMID: 15257832 / DOI: 10.1089/1094931041291295
【日本のデータソース】
- 厚生労働省「第24回医療経済実態調査」(2023年)
- 厚生労働省「薬剤師確保のための調査・検討事業」報告書(2022年)
- 日本病院会「病院薬剤師の確保に関するアンケート調査」(2022年7月)


