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「みんな、すごく充実してるように見える」──その感覚、おかしくないです
調剤室で目の前の処方箋をさばくだけで精一杯の毎日。帰りの電車でSNSを開くと、同期が学会発表をしていたり、後輩がもう在宅に出ていたり。
「自分だけ取り残されている気がする」──もし、いまそんな感覚があるなら、この記事はまさにそのために書きました。
この記事では個人の体験談は扱いません。代わりに、なぜ他人の成功情報が精神的な負荷になるのか、その構造を心理学の研究と照らし合わせながら整理します。そのうえで、SNSとの距離の取り方を具体的にお伝えします。
📚 この記事の参考情報
- 北野唯我『仕事の教科書』(日本図書センター, 2022)の「SNSは”見ないもの”を決める」
- ペンシルベニア大学 Hunt氏らの実験データ(2018年)
- 理化学研究所のソーシャルメディア研究(2024年)
「気のもちよう」ではなく、仕組みの話として読んでいただければと思います。
SNSの「毒」は2種類ある──悪口より厄介なのは”うらやましさ”

SNSが精神的によくないと聞くと、まず思い浮かぶのは誹謗中傷や悪口ではないでしょうか。たしかにそれも有害です。ただ、私ならもっと気をつけたいのは、もう一つの毒──「うらやましいと感じる話」のほうです。
北野唯我氏は著書の中で、SNSの毒を「悪口」と「羨ましいと感じる話」の2種類に分け、後者のほうが厄介だと指摘しています。外からの攻撃には反論や遮断ができますが、自分の中で生まれた「あの人と比べて自分は……」という嫉妬の感情は、自分で自分を傷つけているから修復しにくいと述べています。
「社会的比較」という心理メカニズム
この現象には、心理学でいう「社会的比較」という名前がついています。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した理論で、人は自分の能力や状況を把握するために、無意識に他人と自分を比べる傾向があるとされています。ここ、心当たりありませんか。
ヒューストン大学の研究チームは、SNS上での社会的比較が抑うつ症状と密接に関連するという結果を『Journal of Social and Clinical Psychology』誌で報告しています。さらに、日本の大学生200名を対象にした研究(埼玉学園大学)では、SNS利用時間が長い人ほど「能力比較」の傾向が強まり、それが悪性の妬みを経由して強いストレス反応につながるという構造が示されています。
つまり、SNSを「ただ眺めている」だけで、比較→妬み→ストレスというルートが起動しうるということです。
なぜ新人薬剤師は特に影響を受けやすいのか
新人の時期は、できないことが目につきやすい時期です。処方監査のスピード、疑義照会の判断、患者さんへの説明──どれもまだ手探りの状態で、自己評価が下がりやすい。そこに「同期が認定資格を取った」「後輩が学会で発表した」という情報が入ると、比較の材料が一気にそろいます。
ただし、冷静に考えたい部分があります。SNSに出てくるのは、その人の”ハイライト”だけです。失敗した疑義照会も、患者さんに怒られた日も投稿されません。あなたの「全部」と、他人の「いちばんいいところ」を比べている構造です。
でも、見ないようにしたら情報収集ができなくなりませんか? 薬剤師として必要な情報もSNSで流れてくるし……

オカメインコ

ポッポ先生
そこは分けて考えたいですね。”学術情報の収集”と”他人のキャリア投稿を眺めること”は、同じSNSでも別の行動です。理研の研究でも、SNSの使い方によって心への影響がまったく違うことが示されています。前者は残して、後者だけ距離を取る方法がありますよ。
「見ないのは逃げだ」という反論に、先に答えておきます

こういう話をすると、必ず出てくる声があります。「自分より優れた人の情報に触れるのは成長のためだ」「見ないのは逃げではないか」──この反論、部分的には正しいです。
ただ、反対意見に触れることや視野を広げることを、わざわざSNSでやる必要があるか。北野氏はこの点を明確に指摘しており、異なる意見に触れるなら職場でもできるし、書籍のほうがよほど効率的だ、と述べています。
薬剤師の場合、処方元の医師とのやり取り、他職種との連携、学術雑誌やDI情報──日常業務の中に、すでに多様な視点への接点が存在しています。
「閲覧型」のSNS利用がリスクになるという研究
誤解されやすいので先に言うと、SNSのすべてが悪いわけではありません。ここは研究データで切り分けられます。
理化学研究所の研究(2024年12月)
日本の若年層418人(平均年齢24歳)を21日間追跡した大規模調査。SNSのタイムラインを眺めるような「一対多」の閲覧は孤独感を増加させる一方、個人間のメッセージのやり取り(「一対一」のコミュニケーション)は幸福感を高めることが明らかに。
(『npj Mental Health Research』誌, 2024年12月掲載)
いまの状況だと、帰りの電車でタイムラインをスクロールしている時間は、まさに「一対多の閲覧」です。これが蓄積すると、つながっているはずなのに孤独を感じる──という矛盾した状態が生まれやすくなります。ここ、迷いやすいところです。
正直、ミュートとかフォロー外すのって、相手にバレたら気まずくないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
ミュート機能は相手に通知されないSNSがほとんどです。人間関係を壊さずに情報量を調整できますよ。自分のメンタルを守ることは、患者さんへのケアの質を守ることにもつながりますね。
「1日30分の制限」で改善した──ペンシルベニア大学の実験から学べること

「SNSを減らすと気分が良くなる」。感覚的にはわかっても、本当にそうなのか疑う気もちもあると思います。この点について、比較的しっかりした実験データがあります。
ペンシルベニア大学 Hunt氏らの実験(2018年)
大学生143名をランダムに2群に分け、一方にはSNS(Facebook・Instagram・Snapchat)の利用を1プラットフォームあたり1日10分(合計約30分)に制限。3週間後、制限群では孤独感と抑うつ症状が有意に減少した。
(Hunt MG, et al. Journal of Social and Clinical Psychology, 37(10), 2018.)
私ならまず確認したいのは、この実験は「完全にやめた」のではなく「制限しただけ」で効果が出たという点です。Hunt氏自身も、SNSを完全にやめることは現実的ではないと述べたうえで、利用時間を意識的に管理することの重要性を指摘しています。
ただし、注意点もあります
この研究の対象は米国の大学生で、薬剤師を対象にした研究ではありません。また、SNSの種類やアルゴリズムは2018年当時と現在では異なります。そのまま「30分に制限すれば万事解決」と言い切るのは早計です。
ただ、「時間を意識的に管理するだけで心理的な変化が出る」という方向性は、他の研究でも繰り返し確認されています。ピッツバーグ大学の研究(対象:19〜32歳の1,787名)では、SNS利用頻度の高い人は低い人に比べてうつ病リスクが2.7倍という結果も報告されています。
それってつまり、SNSを全部やめろってことですか? さすがに極端じゃないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
まったく逆ですね。研究が示しているのは”やめる”ではなく”時間を管理する”だけで効果があるということ。完全にやめる必要はないです。”見るもの”と”見ないもの”の線引きをする──引き算の発想になります。
「見ないもの」を決める──具体的な3ステップ

では、実際にどうやってSNSとの距離を調整するか。大がかりなことは不要です。週末の15分でやれるところから始めてみてください。
ステップ1:フォローリストを「情報源」と「人間関係」に分ける
まず、いまフォローしているアカウントを2つに分類します。
| カテゴリ | 具体例 | 対応 |
|---|---|---|
| 情報源 | 厚労省、薬剤師会、添付文書改訂速報、学術系 | そのまま維持 |
| 人間関係 | 同期、先輩、業界インフルエンサー | 以下の基準で判断 |
「人間関係」カテゴリのアカウントについて、見た後の自分がどう変わるかで切り分けます。
- 「やってみよう」と行動につながる → 残してOK
- 「知らなかった」と視野が広がる → 残してOK
- 「自分もこうならなきゃ」と焦る → 距離を取る
- 「自分はダメだ」と沈む → ミュート推奨
ステップ2:ミュート・非表示を”実験的に”1週間やってみる
いきなり永久に遮断する必要はありません。私ならまず1週間だけミュートしてみて、自分の気分に変化があるかを確認します。1週間後に「特に困らなかった」と感じたら継続。「やっぱり見たい」なら戻せばいい。小さな検証を回すのが安全です。
ステップ3:閲覧する「時間帯」と「時間量」を決める
完全にやめるのではなく、見る時間を限定する方法もあります。「通勤の行きだけ」「昼休みの5分だけ」と決めておく。寝る前のSNSは睡眠の質にも影響しやすいので、しないほうが安全です。
現場だと詰まりがちなポイントがあります。「時間を決めたのに、気づいたら30分経っていた」というパターンです。これはアプリの使用時間制限機能(iOSのスクリーンタイム、Androidのデジタルウェルビーイング)を使うと、仕組みで対処できます。意志力に頼らないほうが続きます。
理化学研究所の研究では、SNS利用の増加が対面コミュニケーションの時間を減らし、それが間接的にメンタルヘルスを悪化させるという経路も示されています。つまり、SNSを削った分の時間で同僚や友人と直接話すほうが、精神衛生上はプラスに働く可能性が高いということです。

ポッポ先生
ここは押さえたいです。SNSを減らす”だけ”だと空白の時間が不安になりがちですが、減らした分を対面のやり取りに回せると、孤独感の改善につながりやすいですね。
「比較」の代わりに置くもの──自分の”昨日”と比べる仕組みをつくる

SNSで他人と比較しがちな背景には、自分の成長を実感できていないという問題が隠れていることがあります。目の前の業務をこなすだけで精一杯の新人時代は、「自分がどれだけ進んだか」を振り返る余裕がなくなりがちです。
逆に言うと、自分の変化を可視化できる仕組みがあれば、他人の投稿に揺さぶられにくくなります。
具体策:「できるようになったことリスト」を週1で更新する
大げさなものでなくて構いません。スマホのメモアプリに、毎週金曜日に1〜3行だけ書く。たとえば──
- 今週初めて一人で疑義照会できた
- 副作用の機序を患者さんに説明できた
- 散剤の秤量で先輩の確認なしでOKが出た
どうですか? こうやって並べると、1ヶ月前の自分には確実にできなかったことが増えているはずです。
この方法は、北野氏が述べている「記憶と記録の違い」にも通じます。記憶はぼやけるけれど、記録は残る。自分の成長を記録として残しておくと、「他人の成功」ではなく「過去の自分」が比較対象になります。
ただし、「書けることがない週」が続くと逆に落ち込む材料になりかねません。その場合は、「できるようになったこと」だけでなく、「初めてやったこと」や「ちょっと工夫したこと」まで対象を広げてください。成長は、成果だけでなくプロセスの中にもあります。
社会的比較の研究でも、「能力の比較」がストレスの原因になりやすいのに対して、「意見や考え方の比較」はむしろ悪性の妬みを抑制する傾向があるとされています。SNSで見る情報が「あの人はここまで到達した(能力比較)」から、「こういう考え方もあるのか(意見比較)」に変わるだけでも、受け取り方は変わってきます。
でも、書いたところで、SNSで見る人たちとの差は変わらないですよね……?

オカメインコ

ポッポ先生
そもそも、その”差”が正確かどうかも怪しいですよね。相手のハイライトと自分の日常を比べて出した差は、実態を反映していないことが多いです。それよりも、”先週の自分”との差のほうが正確で、行動にも結びつきやすいですよ。
それでもつらいときに知っておきたいこと

ここまで、SNSとの距離の取り方と成長記録について書いてきました。ただ、こうした工夫をしても気分が晴れないことはあります。それは工夫が間違っているのではなく、新人時代そのものが負荷の高い時期だからです。
医療従事者のバーンアウト(燃え尽き症候群)に関する研究では、経験の浅い医療従事者ほど発症しやすいことが繰り返し報告されています。薬剤師を含む医療従事者を対象にした米国の大規模調査(Dyrbye氏ら, 対象26,280名)では、約23.8%がバーンアウト状態にあり、それがその後の離職と有意に関連していました。国内の研修医を対象にした調査でも約20%がバーンアウト状態だったという報告があります。
医療の現場で心身が疲弊すること自体は、個人の弱さではなく、構造的に起こりうることです。
北野氏も著書で「つらくなったら、休むか転職する」と明確に書いています。「自分が休んだらチームが困る」と真面目な人ほど思いがちですが、「役割が人をつくっていく」以上、あなたが抜けた後に対応できる人は生まれてくる、と述べています。
新人薬剤師の場合、「まだ1年目なのに」「3年は続けないと」という”べき論”が自分の中にあるかもしれません。ここは判断がわかれるところですが、少なくとも心身に明確な不調が出ているなら、それは「まだ頑張れるかどうか」ではなく「休む必要があるかどうか」の問題です。
相談先の例
- 勤務先の管理薬剤師
- 産業医
- 各都道府県の薬剤師会の相談窓口
どこに相談していいかわからないなら、まず先輩に「最近ちょっとしんどい」と一言伝えるだけでも状況が動くことがあります。
正直、先輩に”しんどい”って言うのも勇気がいりますよね……

オカメインコ

ポッポ先生
だからこそ、”相談”ではなく”報告”のつもりで言うと少し楽になります。「最近ちょっと疲れが取れなくて」ぐらいの温度感で十分です。バーンアウト研究でも、周囲からの支援の有無が発症リスクに大きく影響することがわかっています。一人で抱え込まないことが、いちばんの対策ですね。
まとめ|SNSは「見ないもの」を決めるだけで、ぐっと楽になる

この記事でお伝えしたかったのは、SNSをやめましょうという話ではありません。「見るもの」と「見ないもの」の線引きを、自分の状態に合わせて定期的に更新すること。それだけで、情報との付き合い方は変わります。
この記事のポイント
- SNSの毒は「うらやましさ」のほうが厄介──社会的比較による嫉妬は自分で自分を傷つける感情で、修復しにくい
- タイムラインの「閲覧」が孤独感を高める──理研の研究では、一対多の閲覧と一対一のやり取りで心への影響が逆方向
- 1日30分の制限でも効果はある──ペンシルベニア大学の実験で、利用制限群の孤独感と抑うつが有意に改善
- 他人の成功ではなく、過去の自分と比べる仕組みをつくる──記憶ではなく記録で振り返る
- 工夫してもつらいなら、それは休むタイミングのサイン──医療従事者のバーンアウトは構造的な問題であり、個人の弱さではない
次の一歩として、今週末に15分だけ時間を取って、フォローリストを見直してみてください。全部やる必要はないです。1アカウントだけミュートしてみる、それだけでも十分です。
薬剤師としてのキャリアは長いです。最初の数年で焦って消耗するより、自分のペースを見つけるほうが、結果的に遠くまで行けます。
参考文献・一次情報
- 北野唯我『仕事の教科書──きびしい世界を生き抜く自分のつくりかた』日本図書センター, 2022年
- Hunt MG, Marx R, Lipson C, Young J. “No More FOMO: Limiting Social Media Decreases Loneliness and Depression.” Journal of Social and Clinical Psychology, 37(10), 2018.
- 理化学研究所「ソーシャルメディアが精神的健康に与える影響を解明」プレスリリース, 2024年12月20日(論文:npj Mental Health Research, 2024年12月6日掲載)
- 泉水・桑原「大学生におけるSNS利用実態と精神的健康との関連の検討──社会的比較と妬みに着目して」埼玉学園大学紀要
- Dyrbye LN, et al. “Burnout and Satisfaction With Work-Life Integration Among Nurses and Nurse Practitioners.” JAMA Network Open, 2023.
- 厚生労働科学研究「デジタル機器及びSNSの使用がメンタルヘルスに与える影響の解明のための研究」(研究代表者:根岸一乃, 慶應義塾大学医学部)


