「この薬、本当に必要ですか?」患者さんからそう聞かれたとき、あなたはどこまで正直に答えられますか。私たち薬剤師は、製薬会社からの情報に囲まれて働いています。でも、その情報が偏りを含んでいる可能性を、どれだけ意識していますか。
製薬業界は新薬開発と同規模の費用をマーケティングに投じています。それだけの投資には目的があります。そしてその目的は、必ずしも「患者にとって最適な治療」とは一致しません。
この記事では、製薬会社の影響の構造を理解した上で、患者のための公正な情報提供をするための視点をお伝えします。業界を敵視するのではなく、構造を知って賢く付き合うことが目標です。
目次
業界資金の影響の構造
MRさんも薬のことを詳しく知ってるし、悪い人たちばかりじゃないでしょ?

オカメインコ

ポッポ先生
個人としては善良な方が大多数です。でも、制度が人の行動を方向づけるんです。問題は個人ではなく構造にあります
製薬企業が新薬の研究開発と同程度の費用をマーケティングに投じていることは、複数の調査で報告されています。これは違法ではなく、むしろビジネスとしては合理的な行動です。しかし、その結果としてエビデンスに基づく診療が偏る方向に力が働くことを知っておく必要があります。
ヴィオックス(Vioxx)事件はこの構造を象徴する事例です。メルク社が販売した鎮痛薬ヴィオックスは、心臓発作のリスクを高めるエビデンスがあったにもかかわらず販売が継続され、推定数万人の心血管イベントが発生した後にようやく市場から回収されました。
現在はルールの整備がかなり進んでいます。日本では2019年に「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」が施行され、MRの情報提供活動に一定の歯止めがかかりました。ただし、ミクスOnlineの調査によると、薬剤師の41%がこのガイドライン施行後のMR活動の「萎縮」を感じているという報告もあり、情報提供の質と量のバランスが新たな課題となっています。
また、製薬協の透明性ガイドラインも改訂が続いています。2025年3月の改訂では広告掲載費と賛助会費がB項目(学術研究助成費)に追加され、企業と医療機関の金銭関係の可視化がさらに進んでいます。
実務での活かし方:
- MRからの情報は「有用な参考情報」として受け取りつつ、一次情報で確認する習慣をつける
- 患者に説明する際は「この情報の出所」を意識する
- 可能であれば、公的資金による研究と企業資金による研究の結果を比較して見る
MR活動の変化と薬剤師の対応
最近、MRさんの訪問が減った気がするんですが…

オカメインコ

ポッポ先生
気のせいではありません。MR数は2013年のピークから約19,000人減少しています。デジタル化の波もあって、情報提供の形が大きく変わっているんです
日本のMR数は減少傾向にあり、対面の情報提供からデジタル(Web講演会、eディテーリング等)への移行が加速しています。2025年5月には製薬協のコード・オブ・プラクティスも改訂され、プロモーションの定義が拡大。MRだけでなく会員会社の役員・従業員による「医療関係者の処方判断に影響を与える可能性のあるすべての行為」がプロモーションの対象として明確化されました。
この変化は薬剤師にとって2つの意味を持ちます。
MRの訪問が減る分、自分から情報を取りに行く力が必要になります。添付文書やインタビューフォーム、PubMedでの論文検索、PMDAの審査報告書などを能動的に活用する時代です。
Web講演会やオンライン資料は「対面よりもバイアスが少ない」と思われがちですが、コンテンツの設計自体に製薬企業の意図が反映されていることに変わりはありません。形式が変わっても、情報の出所と意図を問う姿勢は同じです。
| 状況 | 推奨される対応 | 避けるべき対応 |
|---|---|---|
| 新薬の情報提供 | 「一次情報で確認します」と伝える | 資料を鵜呑みにする |
| Web講演会への参加 | 演者のCOI(利益相反)を確認する | スポンサーを気にしない |
| 他社製品との比較情報 | 「比較の前提条件」を確認する | 優劣だけを受け取る |
| 資料に記載の論文 | 試験デザインと資金源を確認する | 結論だけを見る |
実務での活かし方:
- MR訪問が減った分、PMDAの審査報告書を「第二の情報源」として活用する
- Web講演会では「演者のCOI開示」のスライドを必ず写真に撮っておく
- 他社製品との比較資料を受け取ったら「比較対照の設定」と「エンドポイントの定義」を確認する
利益相反(COI)の構造を理解する
利益相反って、つまり賄賂みたいなことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
誤解されやすいので先に言うと、COIは”悪”ではなく”リスク”です。金銭関係があるからといって研究が不正とは限りませんが、判断に無意識のバイアスが入りやすくなるリスクがある、ということです
2025年5月31日から施行された改正臨床研究法では、臨床研究における利益相反管理がさらに強化されました。「統括管理者」が法的に位置づけられ、企業からの研究資金や関与に対する管理・開示が厳格化されています。
薬剤師として覚えておくべきことは、COI開示の有無自体が研究の信頼性のシグナルだということです。
- COIが適切に開示されている → 研究者が透明性を意識している → 結果は中立的に受け取れる
- COI開示がない、または不完全 → 透明性への配慮が不十分 → 結果の解釈に慎重さが必要
ガイドラインの推奨を見るときも、作成委員のCOI開示を確認する習慣をつけると、推奨の背景にある力学が見えてきます。
実務での活かし方:
- 論文を読むとき、末尾の「Conflicts of Interest」セクションをチェックする
- ガイドラインの委員リストとCOI開示を確認する
- COIがあること自体は問題ではない——「開示されているかどうか」「結果に影響しそうかどうか」がポイント
患者への適切な情報提供の仕方
じゃあ患者さんには、どう説明すればいいんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
正直に『わからない』と言うことも大切な専門性です。不確実な情報を確実なように伝えるより、”何がわかっていて何がわかっていないか”を整理して伝える方が、患者さんの信頼につながります
患者への情報提供で大切なのは、以下の3点です。
1. 情報源を明らかにする
「この情報は製薬会社の資料に基づいています」「このデータは独立した研究機関のものです」というように、情報の出所を簡潔に伝える。これだけで、患者が自分で判断する余地が生まれます。
2. 「わからない」を認める
すべての答えを持っているふりは不要です。「現在のところ公表されているデータではこうですが、長期的な安全性についてはまだデータが蓄積中です」という伝え方は、むしろ専門家としての誠実さを示します。
3. 選択肢を提示する
「この薬か何もしないか」ではなく、「この薬か、別の薬か、あるいは非薬物的なアプローチか」という選択肢を提示する。すべての処方にはベネフィットとリスクのトレードオフが存在します。薬剤師はその整理役として価値を発揮できます。
まとめ:構造を知って、賢く付き合う
製薬会社の影響を乗り越えるために、明日から実践できることを3つまとめます。
1. 情報源を常に意識する
どの情報も「誰が、何のために伝えているのか」を意識しましょう。MR情報は参考情報として位置づけ、PMDAの審査報告書や独立系のSRで裏を取る習慣をつけましょう。
2. COI開示を確認する習慣をつける
論文やガイドラインのCOI開示セクションに目を通す。開示されていることは問題ではなく、開示されていないことこそが問題です。
3. 正直で謙虚な情報提供を心がける
患者には、不確実性を含めて正直に伝えましょう。「絶対に安全です」ではなく、「現在公表されているデータではこのようなリスク・ベネフィットがあります」。この姿勢こそが、薬剤師への信頼を築きます。
ここまで考えると、薬剤師って大変な仕事ですね…

オカメインコ

ポッポ先生
確かに大変です。でも、だからこそ価値があるんです。MR数が減り、デジタル化が進む今だからこそ、”情報の目利き”ができる薬剤師はますます必要とされています。製薬企業と対立するのではなく、構造を理解して患者のために情報を選別する。それが薬剤師の専門性です
製薬会社は医療に不可欠なパートナーです。その一方で、ビジネスとしての構造的なバイアスは存在します。両方を認めた上で、患者のために最適な情報を選ぶ力を身につけることが、これからの薬剤師に求められるスキルです。
確認先(参考情報):
- 日本製薬工業協会(製薬協)透明性ガイドライン: https://www.jpma.or.jp/
- 医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン(厚生労働省)
- 改正臨床研究法 利益相反管理ガイダンス(2025年5月31日施行)
- PMDA 審査報告書: https://www.pmda.go.jp/
- 『悪の製薬』ベン・ゴールドエイカー著
- 『パワフル・メディシン』ジェリー・エイボン著



