「帯状疱疹のワクチンって、認知症にも効くんですか?」
最近、この質問を投薬カウンターで受ける回数が増えていませんか。2025年4月に帯状疱疹ワクチンの定期接種が始まり、患者さんの関心が高まっているタイミングで、NatureやCellといった一流誌から「帯状疱疹ワクチンが認知症リスクを下げる」という研究が相次いで発表されました。テレビやSNSでも話題になっています。
ただ、ここで私たち薬剤師が注意したいのは、「効く」と一言で返してしまうのも、「まだわからない」で片づけるのも、どちらも正確ではないということです。この記事では、2025年時点のエビデンスを研究デザインの質まで含めて整理し、患者さんから質問されたときにどう答えるか、その判断の筋道をお伝えします。
目次
なぜ帯状疱疹ワクチンと認知症が結びつくのか——VZVと脳の関係

まず前提を押さえます。帯状疱疹の原因である水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)は、神経親和性のヘルペスウイルスです。幼少期の水痘感染後、神経節に生涯潜伏します。このウイルスが再活性化すると帯状疱疹を引き起こしますが、近年の研究では、再活性化が神経系の慢性炎症や血管障害を通じて認知機能にも悪影響を与える可能性が指摘されています。
でも、帯状疱疹って皮膚の病気ですよね? 脳とそんなに関係あるんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
皮膚症状は表に見える部分ですが、VZVは神経の中に住んでいるウイルスです。再活性化のたびに神経に炎症が起きる。それが蓄積すれば脳にも影響しうる、という仮説ですね。2025年のNature Medicine誌の大規模研究(1億人超の米国データ)でも、帯状疱疹の再発を繰り返す人ほど認知症リスクが高いことが確認されています。
誤解されやすいので先に言うと、「帯状疱疹になったから認知症になる」という単純な話ではありません。
メタ解析によると帯状疱疹感染と認知症の関連はRR 1.14(95%CI: 1.04-1.25)程度で、リスク上昇はあるものの大きくはありません。むしろ注目されているのは、ワクチンでウイルスの再活性化を抑えることが、結果として脳を守るかもしれないという方向の研究です。
ただし、メカニズムはまだ完全には解明されていません。ウイルスの再活性化抑制なのか、ワクチンのアジュバントによる免疫系全体の賦活化なのか、あるいは複合的なのか。ここは現在進行形の研究領域です。
エビデンスの全体像——「準実験研究」で因果に迫った3つの国際データ

「帯状疱疹ワクチンで認知症リスクが下がる」という話、実は観察研究レベルでは以前から報告がありました。ただ、観察研究には「健康者接種バイアス」という厄介な問題があります。ワクチンを積極的に打つ人は、もともと健康意識が高く、運動習慣もある。つまり、認知症リスクが低い集団が接種しているだけかもしれないということです。
ここ、心当たりありませんか。薬局でもワクチン相談に来る方って、普段から健康管理に熱心な方が多いですよね。
この問題を解消するために登場したのが「準実験研究(natural experiment)」というデザインです。スタンフォード大学のGeldsetzerらのグループが用いた手法で、ワクチン接種の可否が本人の意思ではなく、誕生日によって決まった公衆衛生政策を利用しています。
主要3研究の比較
| 研究 | 対象国 | 掲載誌・年 | 結果 | デザイン |
| Eyting et al. | ウェールズ | Nature 2025 | 相対リスク20%低下(95%CI: 6.5-33.4%) | 準実験(回帰不連続デザイン) |
| Pomirchy et al. | カナダ・オンタリオ | Lancet Neurol. 2026 | 認知症診断の減少を確認 | 準実験(自然実験) |
| Xie et al. | ウェールズ(拡張) | Cell 2025 | MCI診断の減少+認知症死亡6.5ポイント低下 | 準実験 |
正直、研究デザインの話って難しくないですか? 準実験って何が普通の観察研究と違うんです?

オカメインコ

ポッポ先生
一番の違いは”比較の公平さ”です。ウェールズでは、2013年9月2日以降に生まれた人だけがワクチン接種の対象になりました。つまり、9月1日生まれと9月3日生まれで、年齢差はたった数日なのに、片方は接種率47%、もう片方はほぼ0%。この2群は健康状態や生活習慣がほぼ同じなので、認知症発症率の差はワクチンの影響だとかなり強く言えるわけです。
私ならまず、この「誕生日1週間違い」の比較構造を理解するところから始めます。ここを押さえると、なぜこの研究が高く評価されているかがわかります。
Nature 2025の主な結果
- 7年間の追跡で、ワクチン接種により新規認知症診断の確率が3.5パーセントポイント低下
- 相対リスクで約20%の低下(95%CI: 6.5-33.4%)
- 女性でより顕著(5.6ポイント低下)、男性では統計的に有意差なし
- オーストラリア、カナダでも追試され、一貫した結果
Geldsetzer氏自身が「データセットを変えても、分析方法を変えても、この保護シグナルが消えない」と述べているほどです。
「51%のリスク低下」は鵜呑みにしないほうがいい——研究の質を見分ける

ここで注意が必要なのが、SNSなどで話題になった「帯状疱疹ワクチンで認知症リスク51%低下」という数字です。
これは2026年2月にNature Communicationsに掲載された研究で、米国Kaiser Permanenteのデータを用いて、シングリックス(組換えワクチン)2回接種群と非接種群を比較したものです。結果は調整ハザード比0.49(95%CI: 0.46-0.51)で、確かに51%のリスク低下を示しています。
いまの状況だと、この数字だけが一人歩きしやすいです。でも、ここは冷静になりたいところです。
この研究は通常の観察研究(後ろ向きマッチドコホート)であり、先述の準実験研究とはデザインの質が異なります。健康者接種バイアスを完全には排除できていません。研究チーム自身も、Tdap(三種混合)接種者との比較分析で補正を試みていますが、準実験ほどの因果推論の強さはありません。
でも、51%って具体的な数字があったほうが患者さんに説明しやすくないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
気持ちはわかりますが、”51%下がります”と言ってしまうと過大な期待を持たせるリスクがあります。患者さんに伝えるなら、質の高い研究で一貫して示されている“約20%のリスク低下”のほうが安全ですね。それでも既存の抗認知症薬と比べれば、十分に意味のある数字です。
現場だとここで詰まりがちです。数字が複数出てくると、どれを使えばいいかわからなくなる。私ならまず「準実験研究の20%低下」を基本に据えて、補足として「観察研究ではさらに大きな数字も出ているが、バイアスの影響が大きい可能性がある」と伝えます。
逆に言うと、「20%でも小さい」と思う必要はありません。
現行の抗認知症薬(コリンエステラーゼ阻害薬やレカネマブなど)でも認知症の発症そのものを予防するエビデンスはなく、進行を数か月遅らせる程度です。帯状疱疹ワクチンの20%という数字は、発症予防という文脈では他に類を見ない規模です。
生ワクチンとシングリックス——認知症予防の視点でどう考えるか

ここ、迷いやすいところです。現在日本で使える帯状疱疹ワクチンは2種類あります。
2種類の帯状疱疹ワクチン比較
| 乾燥弱毒生水痘ワクチン(ビケン) | 乾燥組換え帯状疱疹ワクチン(シングリックス) | |
| 種類 | 生ワクチン | 不活化(組換え)ワクチン |
| 接種回数 | 1回(皮下注射) | 2回(筋注、2か月以上間隔) |
| 帯状疱疹の発症予防効果 | 約51%(60歳以上) | 約97%(50歳以上) |
| 効果持続 | 約5〜8年で低下 | 10年以上持続(11年目で約82%) |
| 免疫抑制者 | 接種不可 | 接種可能 |
| 認知症予防エビデンス | 準実験で約20%低下(因果推論に近い) | 生ワクチン比で診断なし期間17%延長(観察研究) |
| 定期接種の自己負担目安 | 3,000〜4,000円 | 8,000〜11,000円/回 |
認知症予防のエビデンスについて整理すると、やや複雑な状況です。
準実験研究(Nature 2025、Cell 2025、Lancet Neurol. 2026)で因果関係に近いレベルのエビデンスが出ているのは、弱毒生ワクチン(ビケン相当のZostavax)のほうです。これは、準実験に利用された各国の接種プログラムが生ワクチンの時代に実施されたためです。
一方、シングリックスについては、Nature Medicine 2024の研究で、生ワクチンと比べて認知症診断なし期間が17%延長(約164日)という結果が出ています。ただし、これは生ワクチン接種者との相対比較であり、非接種者との比較ではありません。
じゃあ認知症予防を考えたら生ワクチンのほうがいいってことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
そうとは言い切れません。帯状疱疹の発症予防効果はシングリックスが圧倒的に高い(50歳以上で97%超 vs 生ワクチン約51%)。本来の目的である帯状疱疹・帯状疱疹後神経痛の予防を考えれば、シングリックスが有力です。認知症予防の付加価値は、あくまで”可能性”として伝えるのが適切ですね。
ただし、ここは境界条件があります。Geldsetzer氏が現在計画中のRCT(ランダム化比較試験)は、生ワクチンを対象にしています。生ワクチンは特許切れで安価なため、大規模試験のハードルが低いという事情もあります。RCTの結果が出れば、議論の質がもう一段上がるでしょう。
💡 患者さんへの説明はこう伝える
「帯状疱疹予防が第一の目的です。そのうえで、認知症リスクを下げる可能性も研究で示されています。どちらのワクチンを選ぶかは、帯状疱疹予防の効果や持続期間、費用を中心に判断してください」
認知症予防を主目的にワクチン選択を決めるのは、現時点ではしないほうが安全です。
2025年度定期接種と薬局での患者対応——具体的に何をすべきか

2025年4月から帯状疱疹ワクチンがB類疾病の定期接種に位置づけられました。
定期接種の対象者
- 原則:その年度に65歳になる方
- 経過措置(2025〜2029年度):その年度に70・75・80・85・90・95・100歳になる方
- 特別対象:60〜64歳でHIVによる免疫機能障害がある方
費用の自己負担額は自治体によって異なりますが、一例として生ワクチンが3,000〜4,000円、シングリックスが8,000〜11,000円/回です。定期接種として助成を受けられるのは生涯1回限りという点も、患者さんにしっかり伝えたい情報です。
どうですか? この制度のスタートで、薬局での帯状疱疹ワクチン相談は確実に増えます。認知症予防の話題はそこに乗ってくるわけです。
患者対応のチェックリスト
私ならまず以下の4点を確認します。
① 質問の意図を把握する
「認知症に効くんですか?」と聞かれたとき、患者さんが求めているのは「打つべきかどうかの判断材料」です。エビデンスの講義ではありません。
② 事実を3段階で伝える
- 「複数の大規模研究で、帯状疱疹ワクチン接種後に認知症の発症が約20%減ったというデータがあります」
- 「ただし、まだランダム化比較試験という最も確実な方法での検証は行われていません」
- 「帯状疱疹予防という本来の効果は確立しています。認知症予防は付加価値として期待されている段階です」
③ ワクチン選択はあくまで帯状疱疹予防を軸に
認知症予防の可能性だけでワクチンの種類を決めるのは時期尚早です。効果持続期間、接種回数、免疫抑制の有無、費用を総合的に判断するよう促してください。
④ 確認先を案内する
- 帯状疱疹ワクチン全般:厚生労働省「帯状疱疹ワクチン」ページ、自治体の予防接種案内
- 認知症予防の研究:原著論文(Nature 2025; 641:438-446)
でも正直、投薬のたびにここまで丁寧に説明する時間ってないですよね…

オカメインコ

ポッポ先生
現実的には、患者さんの関心度に応じて濃淡をつけるのがいいですね。「帯状疱疹予防が主目的で、認知症への効果も研究で報告されています」の一文で十分なケースも多いです。深掘りを求める方にだけ、研究デザインの話をするくらいで。
まとめ:わかっていること、まだわからないこと、そして薬剤師ができること

ここまでの内容を整理します。
わかっていること
- 帯状疱疹ワクチン(生ワクチン)の接種が認知症診断を約20%減少させるデータが、ウェールズ・オーストラリア・カナダの準実験研究で一貫して示されている
- 効果はMCI(軽度認知障害)の発症抑制、認知症による死亡リスクの低下にも及ぶ可能性がある(Cell 2025)
- メタ解析でもワクチン接種による認知症リスク低下はRR 0.68(95%CI: 0.56-0.83)と有意
- 効果は女性でより顕著な傾向がある
まだわからないこと
- RCT(ランダム化比較試験)による因果関係の最終確認はこれから
- メカニズム(ウイルス再活性化抑制か、免疫賦活か、その両方か)は未確定
- シングリックス単独での認知症予防効果を準実験レベルで検証したデータはまだない
- 男女差の生物学的理由は不明
薬剤師ができること
帯状疱疹ワクチンの相談を受けたら、帯状疱疹予防という確立されたベネフィットを第一に伝えたうえで、認知症リスク低下の可能性を「付加的な期待」として正確に情報提供する。「51%下がる」のような過大な数字を使わない。患者さんの判断を支えるのが、私たちの役割です。
認知症は発症後の治療が極めて難しい疾患です。レカネマブのような高額新薬でも、効果が得られるのはごく一部の方にとどまります。帯状疱疹ワクチンという、すでに安全性が確立され、比較的安価で、定期接種の仕組みも整った手段に認知症予防の可能性があるというのは、公衆衛生的に見て非常に大きなインパクトです。
だからこそ、過度な期待でも過度な慎重論でもなく、エビデンスの現在地を正確に伝えること。それが薬局の投薬カウンターから発信できる、いま一番誠実な対応だと思います。
主要参考文献
- Eyting M, et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 2025;641:438-446.
- Xie M, et al. The effect of shingles vaccination at different stages of the dementia disease course. Cell. 2025;188(25):7049-7064.
- Taquet M, et al. The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia. Nat Med. 2024;30:2777-2781.
- Pomirchy M, et al. Herpes zoster vaccination and incident dementia in Canada. Lancet Neurol. 2026;25(2):170-180.
- Marra F, et al. Effects of herpes zoster infection, antivirals and vaccination on risk of developing dementia: A systematic review and meta-analysis. Hum Vaccin Immunother. 2025;21(1):2546741.
- 厚生労働省「帯状疱疹ワクチンの定期接種について」(2025年2月作成)


