本内容については、動画でも解説しています。
「子どもの咳が止まらないとき、ヴェポラッブを足の裏に塗ると効く」——こんな話を聞いたことはありませんか? 正直なところ、私も最初は「それ本当?」と思いました。胸やのどに塗るのがメーカー推奨の使い方ですし、足の裏から吸収するメントールが咳にどう作用するのか、理論的に説明がつきにくい。でも、北米やラテンアメリカでは世代を超えて受け継がれている民間療法だとも言われています。
今回は、この「足の裏ヴェポラッブ」について、2023年・2025年の最新研究も踏まえながら、薬剤師の視点で科学的根拠と安全性を整理していきます。
- 足の裏ヴェポラッブの科学的根拠(RCTはあるのか?)
- 2023年のTRPチャネル研究が示す新たな仮説
- 安全性の境界条件(2歳未満は禁忌など)
- 薬剤師としての判断軸——「否定しない」と「勧める」の違い
目次
そもそもヴェポラッブとは?——100年以上の歴史を持つOTC医薬品

ヴェポラッブ(Vicks VapoRub)は、1905年に米国で発売されたメントール系の塗り薬です。主な有効成分はカンフル(4.8%)、メントール(2.6%)、ユーカリ油(1.2%)で、ワセリンをベースにしています。日本では「医薬部外品」として販売されていますが、海外ではOTC医薬品として上気道感染症の症状緩和や筋肉・関節痛に広く使われています。

メーカー推奨の使い方は、胸・のど・背中に塗布すること。揮発したメントールを吸入することで、鼻づまりや咳の症状を和らげる、というのが想定されている作用機序です。Medical News Todayの記事でも指摘されているように、ヴェポラッブの効果の多くは成分を「吸入」することで得られるとされています。
足の裏じゃ、揮発成分を吸えないですよね……?

オカメインコ

ポッポ先生
その通り。だから従来の理論では説明がつかないんです。でも、最近になって別の仮説が出てきているんですよ
足の裏ヴェポラッブの科学的根拠——なぜ「効く」と言われるのか?

個人の体験談は多数ありますが、プラセボ効果かどうかの区別がつかない状況です。
Verywell Healthの記事では、足の裏ヴェポラッブの理論的根拠としてリフレクソロジー(反射療法)や中医学(TCM)の考え方が紹介されています。足の特定の部位を刺激することで、脳の延髄(咳を制御する部位)に信号が伝わるという理論です。しかし、現時点では足の刺激が咳反射に影響するという科学的証拠は見つかっていません。
2023年のTRPチャネル研究——新たな仮説の登場
ただし、2023年にDrugs in Context誌に発表された研究で、興味深い知見が報告されました。Hull York Medical Schoolの研究チームが、ヴェポラッブの成分(メントール、カンフル、ユーカリ油)がTRPチャネル(TRPV1、TRPV4、TRPM8)を活性化することを確認したのです。
TRPチャネルとは、温度や化学物質を感知するイオンチャネルで、皮膚の感覚神経に豊富に存在します。ここ、実は足の裏にも存在するんです。
神経刺激理論(仮説)
足の裏のTRPチャネルがカンフルやメントールで刺激され、その神経信号が脊髄を通じて咳中枢に影響を与える——という理論。ノーベル賞受賞者のRod MacKinnon博士らによる筋けいれんの研究がこの理論の下敷きになっています。
でも、それって仮説ですよね? 証明されたわけじゃない……

オカメインコ

ポッポ先生
おっしゃる通りです。足の裏への塗布でTRPチャネルが活性化され、それが咳を抑制するかどうかは、まだ検証されていません。あくまで『理論上あり得る』というレベルですね
根拠レベルの整理
| 項目 | 足の裏 | 胸・のど(本来の使い方) |
|---|---|---|
| 臨床試験(RCT) | なし | あり(Paul et al. 2010) |
| 理論的根拠 | TRPチャネル仮説(未検証) | メントール吸入+TRP活性化 |
| エビデンス | 体験談のみ | 症状・睡眠の改善を確認 |
なぜこれほど広まったのか?——ラテンアメリカでの「Vivaporu」文化

Los Angeles Timesの記事によると、ヴェポラッブへの愛着は特にラテンアメリカ系コミュニティで顕著です。彼らは親しみを込めて「Bibaporru」「Beep Vaporú」「El Bic」「El Vickisito」など様々な愛称で呼んでいます。
ミュージカル「ハミルトン」の作者リン=マニュエル・ミランダがSNSでヴェポラッブを手に持った写真を投稿した際には、多くのラテン系ファンから共感のコメントが殺到したそうです。風邪の症状緩和だけでなく、ニキビ、擦り傷、水虫、妊娠線、さらには「傷ついた心」にまで塗るという冗談(半分本気?)もあるとか。
この文化的背景を知ると、「足の裏に塗る」という民間療法が世代を超えて伝わってきた理由も理解しやすくなります。心当たりありませんか? 日本でも「おばあちゃんの知恵袋」的な民間療法って、科学的根拠がなくても受け継がれていますよね。
日本だとオロナイン軟膏みたいな感じですかね?

オカメインコ

ポッポ先生
まさにそんな感じです。『ケアされている』『癒されている』という感覚が、強い香りの記憶と結びついて、世代を超えて受け継がれているんですね
安全性はどうなのか?——2歳未満への使用は禁忌

2025年にPeerJ誌に発表されたナラティブレビューでは、ヴェポラッブの有効性と合併症が包括的にまとめられています。ここで押さえておきたいのは安全性の境界条件です。
カンフルは経口摂取すると中毒症状を引き起こす可能性があり、特に小児では痙攣や呼吸困難の報告があります。アメリカ小児科学会(AAP)は1994年にカンフル含有製品への注意喚起を出しましたが、2013年に撤回しています。現在のFDA基準では、OTC製品のカンフル濃度は11%以下とされており、ヴェポラッブの4.8%はこの基準内です。
- 2歳未満には使用禁止(鼻腔への塗布で呼吸困難のリスク)
- 経口摂取は絶対NG(小さじ1杯でも幼児には危険)
- 加熱しない(電子レンジでの加熱による眼損傷の報告あり)
- 鼻の中や傷口には塗らない(皮膚刺激、粘膜損傷のリスク)
- ペットに注意(メントールは猫と鳥に有毒)
では、足の裏への塗布はどうか? 現時点で足の裏に塗ることによる重篤な健康被害の報告は見当たりません。Medical News Todayも指摘しているように、足の裏に塗った場合の効果は「冷却感」を感じることと、筋肉痛の緩和程度に限られる可能性が高いです。
じゃあ、足の裏なら安全ってことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
健康被害のリスクは低そうです。ただし『効果がある』とは別の話。効果は不明だけど害もなさそう、というのが現状の評価ですね
本来の使い方(胸・のど)のエビデンス——2010年のRCT

比較のために、本来の使い方についても確認しておきましょう。Paul IM らが2010年にPediatrics誌に発表したRCTでは、2〜11歳の風邪症状のある子ども138人を対象に、ヴェポラッブ群・ワセリン群・無治療群で比較しました。
結果として、ヴェポラッブ群は無治療群と比較して、咳の頻度・重症度、鼻づまり、子どもと親の睡眠の質が有意に改善しました。ただし、46%の参加者で軽度の皮膚刺激(灼熱感)が報告されています。
現場で詰まりがちなポイント
「ヴェポラッブは充血除去剤(decongestant)ではない」という点。Verywell Healthも指摘していますが、実際に鼻の血管を収縮させて腫れを引かせる作用はありません。メントールの冷却感で「息がしやすくなった」と感じるだけで、実際の気流は変わっていない可能性があります。それでも、主観的な症状改善と睡眠の質向上は確認されているわけです。

ポッポ先生
私なら、咳がひどい子どもには本来の使い方(胸やのどへの塗布)をまず勧めます。こちらにはRCTのエビデンスがありますから
薬剤師としての判断軸——「否定しない」と「勧める」は違う

ここまで整理してきて、私なりのスタンスをお伝えします。
足の裏ヴェポラッブを患者さんに積極的に勧めることはありません。
理由は単純で、有効性を支持するエビデンスがないからです。メーカー推奨の使い方でもありません。Procter & Gamble社も「製品の用途に沿っていないため、この使い方は推奨しない」と明言しています。
一方で、患者さんが自発的にやっている場合、頭ごなしに否定することもしません。健康被害のリスクが低く、本人が「効く」と感じているなら、無理にやめさせる理由がない。これは「反医療」的な行動とも違います。
どうですか? この判断軸、心当たりありませんか。
実は、私たちが日常的に使っている芍薬甘草湯のこむら返りへの効果も、TRPチャネルの神経刺激理論で説明できるかもしれない、という議論があります。同じ口で「足の裏ヴェポラッブはバカバカしい」と言い切れるかというと、正直、微妙なところです。
まとめ——次に患者さんに聞かれたら

足の裏にヴェポラッブを塗る方法は、科学的根拠が不十分です。RCTはなく、理論的にも「あり得る」レベルにとどまります。一方で、健康被害のリスクは低いと考えられます。
- 「効果があるかはわからないけど、害もなさそう。やるなら本来の使い方(胸・のど)のほうがエビデンスはあります」
- 「2歳未満には使わないでください」
- 「ペットがいる場合は、舐めないよう注意を」
- 「咳が長引くようなら、一度受診を」
——このあたりが、現場で使える落としどころかなと思います。

ポッポ先生
民間療法を頭ごなしに否定するのではなく、根拠と安全性を整理して伝える。それが薬剤師の役割かもしれませんね
参考文献
- Paul IM, et al. Vapor rub, petrolatum, and no treatment for children with nocturnal cough and cold symptoms. Pediatrics. 2010;126(6):1092-9.
- Stinson RJ, et al. Ingredients of Vicks VapoRub inhibit rhinovirus-induced ATP release. Drugs in Context. 2023;12:2023-3-2.
- PeerJ. There’s the Rub: a narrative review of the benefits and complications associated with Vicks VapoRub use. 2025.
- Stinson RJ, et al. Modulation of transient receptor potential (TRP) channels by plant derived substances used in over-the-counter cough and cold remedies. Respir Res. 2023;24(1):45.
- Medical News Today. Vicks on feet: Does it work for colds? Updated December 21, 2023.
- Verywell Health. Can Vicks VapoRub on Your Feet Help a Cough? Updated April 11, 2025.
- Los Angeles Times. ‘Vivaporu’: For many Latinos, memories of Vicks VapoRub are as strong as the scent of eucalyptus. March 26, 2019.





