2025年12月、厚生労働省がタミフル(オセルタミビル)とイナビル(ラニナミビル)のスイッチOTC化に関するパブリックコメントの募集を開始しました。抗インフルエンザ薬の市販化が実現すれば、国内では初めてのケースとなります。
私自身、調剤薬局で働きながら「これ、本当に患者さんのためになるのかな」と複雑な気持ちで議論を見守っています。医療へのアクセスが良くなるのは喜ばしい。でも、現場を知る薬剤師だからこそ見える落とし穴もあります。
この記事では、OTC化をめぐる賛否両論を整理しながら、私たち薬剤師が押さえておくべき判断軸と、いざ市販化が決まったときにどう対応すればいいのかを考えてみます。
目次
なぜ今、抗インフルエンザ薬のOTC化が議論されているのか

まず背景を整理しておきます。厚労省の検討会議では、セルフメディケーションの推進という観点から、医療用医薬品のOTC化を進める動きが続いています。
今回、パブリックコメントの対象となったのは以下の3成分です。
| 成分名 | 販売名 | 剤形 | 備考 |
|---|---|---|---|
| オセルタミビルリン酸塩 | タミフル | カプセル・ドライシロップ | 世界で最もエビデンスがある抗インフルエンザ薬 |
| ラニナミビルオクタン酸エステル水和物 | イナビル | 吸入粉末剤 | 1回吸入で治療完結、日本独自の薬剤 |
| ブデソニド・ホルモテロールフマル酸塩水和物 | シムビコート | 吸入剤 | 喘息・COPD治療配合剤 |
でも、海外ではタミフルって普通に薬局で買えるんじゃないですか?

オカメインコ

ポッポ先生
実は、そうでもないんですよ。詳しくは次のセクションで説明しますね
海外ではどうなっている?——ニュージーランドだけが例外

ここ、誤解されやすいので先に言うと、「海外で普通に買えるから日本も」という単純な話ではありません。
主要国の状況:すべて処方箋が必要
| 国 | OTC販売 | 備考 |
|---|---|---|
| 米国 | ❌ 不可 | 処方箋必須 |
| 英国 | ❌ 不可 | 処方箋必須 |
| フランス | ❌ 不可 | 処方箋必須 |
| ドイツ | ❌ 不可 | 処方箋必須 |
| カナダ | ❌ 不可 | 処方箋必須 |
| オーストラリア | ❌ 不可 | 処方箋必須 |
| ニュージーランド | ⚠️ 条件付き | 世界唯一の非処方箋供給国 |
欧米主要6か国では、いずれもオセルタミビルのOTC販売は認められていません。日本でOTC化が実現すれば、ニュージーランドに次いで世界で2番目となります。
ニュージーランドの事例(2007年〜)
2007年、ニュージーランドは世界で初めてオセルタミビルを処方箋なしで販売可能にしました。ただし、厳格な条件が設けられています。
供給条件:
- インフルエンザシーズン(南半球なので5月〜9月)のみ
- 12歳以上(13歳以上という記載もあり)
- 薬剤師との対面相談が必須
- 早期症状のある人に限定(予防目的は処方箋必要)
(出典:Gauld N, et al. J Antimicrob Chemother. 2011;66(1):201-204)
5年間の追跡結果
2007〜2011年の5年間の追跡調査が報告されています。
主な知見:
- 耐性株の有意な増加は認められず
- ワクチン接種率への悪影響なし
- 買いだめ(stockpiling)の問題は発生せず
- 供給量は控えめ:全供給のうち薬剤師供給は11〜31%、残りは処方箋
(出典:Gauld NJ, et al. J Antimicrob Chemother. 2012;67(12):2949-2957)
じゃあ、うまくいってるってことですか?

オカメインコ

ポッポ先生
一定の成功と言えますが、注意点もあります。まず、ニュージーランドは人口約500万人の小国で、インフルエンザの疾病負荷も日本とは異なります。そして薬剤師からは『ルールが複雑で覚えにくい』『かえって公衆衛生上のメリットが制限される』という声も出ています
日本への示唆
ニュージーランドの経験から学べることは以下の点です。
- 条件付き供給は機能しうる:厳格なルールのもとでは、耐性や乱用の問題は抑制できる
- 薬剤師の役割が鍵:対面相談の義務化が安全弁として機能している
- ルールの複雑さは諸刃の剣:安全性は高まるが、アクセス改善効果が限定される可能性
ただし、日本は世界のタミフル消費量の約7〜8割を占める特異な国です。この使用量の多さが、OTC化の議論をより複雑にしています。ニュージーランドと同じ結果になるとは限りません。
「48時間」問題と、日本の医療アクセスの現実

OTC化を推進する側の主な論拠は「早期治療へのアクセス改善」です。
抗インフルエンザ薬は、発症後48時間以内に投与を開始することで効果が最大化されます。成人のデータでは、タミフルにより症状軽快までの時間が約17〜25時間短縮されると報告されています。「深夜に発熱したのに病院は翌朝まで開いていない」という状況で、薬局で買えれば助かる——この気持ちは理解できます。
確かに、夜中に熱が出たら焦りますよね…

オカメインコ

ポッポ先生
そこは少し冷静に見る必要があります。日本はWHOのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ指標で95以上と世界最上位群に位置しています。翌朝かかりつけ医を受診すれば、多くの場合48時間以内に間に合うんです
ただし、これは「OTC化が不要」という結論ではありません。地域差や休日の問題、高齢者の受診困難など、アクセスの課題が存在するのも事実です。
私ならまず確認するのは「本当にアクセスがボトルネックなのか」という点です。流行期の発熱外来の混雑を考えると、適切な人に適切なタイミングで届く仕組みができれば、医療機関の負担軽減につながる可能性はあります。
耐性化リスク:「使いすぎ=耐性」は単純すぎる、でも油断できない

現場だとここで詰まりがちです。「日本はタミフルを使いすぎているから耐性が広がる」という懸念は根強いですが、実態はもう少し複雑です。
過去の耐性株流行から学ぶこと
2007〜2009年にかけて、季節性H1N1型でオセルタミビル耐性株(H275Y変異)が世界的に爆発的に広がりました。
各国の耐性率(2007-08シーズン):
- ノルウェー:67%
- フランス:47%
- 米国:10%以上
- 日本:2.6%(1,734検体中45検体)
(出典:Ujike M, et al. Emerg Infect Dis. 2010;16(6):926-935)
驚くべきことに、タミフル使用量が世界一の日本で、耐性率は欧州より低い水準でした。
え? 使いすぎなのに耐性が少ないって、矛盾してませんか?

オカメインコ

ポッポ先生
この耐性株は、薬剤選択圧とは無関係に自然発生的(spontaneous emergence)に出現したものでした。NEJMのMoscona論文(2009)では、HAタンパク質の補償変異との共選択によって、伝播力を維持したまま耐性を獲得した可能性が指摘されています
2009年に新型インフルエンザA(H1N1)pdm09が出現し、この耐性株は淘汰されました。現在の耐性率は世界的に約1%で推移しています(Lancet Microbe 2024)。
逆に言うと、「使用量が多いから即座に耐性が広がる」という単純な図式は成り立ちませんが、選択圧としてのリスクは確実に存在します。
💡 選択圧とは?
抗ウイルス薬が存在する環境では、薬が効くウイルス(感受性株)は増殖できず、薬が効かないウイルス(耐性株)だけが生き残って増える——この「ふるい分け」の力を選択圧と呼びます。抗菌薬の耐性菌問題と同じ原理です。使用量が多いほど、この「ふるい」が強くかかります。
最新の監視データ:新たな変異株の出現
1. I223V/S247N二重変異(2023-2024年)
2023年5月以降、I223V/S247Nという二重変異を持つA(H1N1)pdm09ウイルスが複数国で確認されました。
- 検出国:欧州を中心に5大陸にわたる国々(101例中67例が欧州)
- オセルタミビル感受性:13〜16倍低下
- ザナミビル・バロキサビルへの感受性:正常
(出典:CDC EID 2024;30(7)、Leung NHL, et al. Lancet Microbe. 2024)
2. HAタンパク質の耐性変異(2025年報告)
従来、オセルタミビル耐性はNAタンパク質の変異で生じると考えられてきましたが、Nature Communications(2025年)では、HAタンパク質単独で耐性を獲得できることが報告されました。
- 変異:K130NまたはK130E(HA受容体結合部位)
- 注目点:K130N変異は2019年以降、世界中で流行している季節性ウイルスにすでに広がっている
(出典:Zhang L, et al. Nat Commun. 2025. doi:10.1038/s41467-025-66307-5)
この発見は、NA遺伝子だけを監視する従来のサーベイランス体制では不十分である可能性を示唆しています。
3. 日本国内の最新サーベイランス(2023-24シーズン)
新潟大学の報告によると、2023年10月〜2024年9月に解析された治療前検体181件すべてで、オセルタミビル耐性変異は検出されませんでした。現時点では国内での耐性株の蔓延は確認されていません。
OTC化が懸念される理由
OTC化で懸念されるのは、使用状況の把握が困難になることです。
- 医療機関を通さない購入が増えると、サーベイランス(耐性監視)の精度が低下する
- 不適切な用量・期間での使用が増える可能性
- 耐性株が出現しても、適正使用への介入が難しくなる

ポッポ先生
『使いすぎ=耐性』は単純すぎますが、『だから安心』とも言えません。日本は世界のタミフル消費の大部分を占める特異な国です。だからこそ、サーベイランス体制を維持できるかどうかが、OTC化議論の重要な論点になります
イナビルの特殊事情:日本だけの薬、効果は「微妙」?
イナビルについては、タミフルとは別の論点があります。
まず、この薬は日本でしか販売されていません(2024年10月時点)。海外での使用実績やエビデンスが限られているという点は、OTC化を考える上で無視できません。
さらに、今回のパブリックコメント用資料には「プラセボと同等、タミフルと非劣勢」「もともと効果が微妙な薬剤」という記載があります。これは要望者側の意見ですが、臨床効果への懐疑的な見方があることは事実です。
正直、それでOTCにして意味あるんですか?

オカメインコ

ポッポ先生
1回吸入で治療が完結するという利便性は確かにあります。ただ、吸入が適切にできるかどうかの確認が必要で、特に高齢者や呼吸器疾患のある方には慎重な対応が求められますね
自己判断に潜む「見逃し」リスク
OTC化で最も懸念されるのは、他の重篤な感染症の見逃しです。
小児の臨床診断精度:医師でも38%
フィンランドで行われた前向き研究(Peltola V, et al. Clin Infect Dis. 2005;41:1198-1200)では、13歳以下の小児2,288例の呼吸器感染症を対象に、医師の臨床診断の精度を検証しました。
結果:
- インフルエンザの臨床診断の全体感度:38%(陽性予測値32%)
- 流行ピーク期でも感度は45%、陽性予測値41%に留まる
- 3歳未満では感度21%、陽性予測値16%とさらに低下
- 7〜13歳では感度53%まで改善するが、それでも半数近くは見逃す
つまり、小児科医が診察しても、検査なしでは6割以上が外れる可能性があるということです。一般の方の自己判断では、この精度はさらに下がると考えるのが妥当です。
迅速検査の偽陰性:CDCの警告
市販の検査キットを使う「テスト・アンド・トリート」方式は一見合理的ですが、迅速抗原検査(RIDT)には偽陰性の問題があります。
CDCのガイダンス(2024年11月更新)によると:
- RIDTの感度は約50〜70%(範囲10〜80%と報告される場合も)
- 特異度は約90〜95%
- 偽陰性は偽陽性より多く発生する
- インフルエンザ流行期は偽陰性がさらに増加
FDAは現在、RIDTに80%以上の感度を要求していますが、それでも5人に1人は偽陰性が生じ得る計算です。
陰性って出たら安心しちゃいますよね…

オカメインコ

ポッポ先生
そこが落とし穴です。CDCは『陰性結果でインフルエンザ感染を除外してはならない』と明記しています。臨床的にインフルエンザが疑われる場合は、陰性でもRT-PCRなどの確認検査を推奨しています
いまの状況だと、こんなシナリオが起こりやすいです:
- 発熱→「インフルエンザだろう」と自己判断
- 市販キットで検査→陰性
- 「インフルじゃなかった」と安心して様子見
- 実は細菌性髄膜炎や他の重篤な感染症だった

ポッポ先生
『陰性=インフルエンザではない』と言い切れないこと、重症感(呼吸困難、意識障害、けいれん、脱水など)があれば結果に関わらず受診すること——この2点は、OTC化が実現した場合に薬剤師が徹底して伝えるべきポイントです
医師・薬剤師の意見は割れている
m3.comの調査によると、タミフルOTC化に対する医療者の反応は以下の通りです。
| 職種 | n | 賛成 | 反対 |
|---|---|---|---|
| 開業医 | 647 | 42.2% | 57.8% |
| 勤務医 | 1,931 | 61.1% | 38.9% |
| 薬剤師 | 894 | 50.6% | 49.4% |
賛成派の意見として「医療機関の負担軽減」「当番医への患者集中の緩和」が挙げられています。一方、反対派からは「副反応リスク」「耐性化の懸念」「自己判断による見逃し」が指摘されています。
ここ、心当たりありませんか? 流行期の発熱外来のパンク状態を知る勤務医は「どうにかしてほしい」と思い、診察なしで薬が出ることを危惧する開業医は反対する。立場によって見え方が違うのは当然です。
私たち薬剤師が今できること

OTC化が実現するかどうかは、今後の検討会議の議論次第です。ただ、いずれにしても準備しておくべきことがあります。
確認しておきたい判断軸
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象患者の見極め | 65歳以上、5歳未満、妊婦、基礎疾患のある方は受診勧奨が原則 |
| 発症時間の確認 | 48時間以内かどうかで効果が大きく変わる |
| 他疾患の除外 | 重症感がある場合は検査結果に関わらず受診を促す |
| 副作用の説明 | 消化器症状(悪心・嘔吐)の増加、異常行動のリスク |
| 腎機能の確認 | 腎排泄型のため、高齢者・腎機能低下者には用量調節が必要 |
パブリックコメントへの参加
募集期間は2026年1月8日までです。現場を知る薬剤師として、制度設計に意見を反映させる機会です。
まとめ:便利さと責任のバランス

タミフル・イナビルのOTC化は、単なる「便利になる」話ではありません。
- 早期治療へのアクセス改善というメリットは確かにある
- しかし、小児の診断困難、検査の偽陰性、耐性監視の課題など、解決すべき論点が山積み
- 欧米6か国でOTC承認がないのは、偶然ではない
- 日本は世界一のタミフル消費国であり、OTC化の影響はより大きい
もしOTC化が実現するなら、「判断の責任」をどう分散させるかが鍵になります。患者さん自身が受診すべきかを判断する責任、薬剤師がゲートキーパーとして適切に介入する責任、そして社会全体で耐性化や副作用をモニタリングする体制——これらが整って初めて、「安全なOTC化」が成り立ちます。
私たち薬剤師にとっては、新たな責任と同時に、専門性を発揮する機会でもあります。どちらに転んでも対応できるよう、今から情報収集と判断軸の整理をしておくことをお勧めします。
参考資料(一次情報)
パブリックコメント・制度関連
海外のOTC状況に関する文献
- Gauld N, Kelly F, Shaw J. Is non-prescription oseltamivir availability under strict criteria workable? A qualitative study in New Zealand. J Antimicrob Chemother. 2011;66(1):201-204.
- Gauld NJ, et al. Five years of non-prescription oseltamivir: effects on resistance, immunization and stockpiling. J Antimicrob Chemother. 2012;67(12):2949-2957.
診断精度に関する論文
- Peltola V, Reunanen T, Ziegler T, et al. Accuracy of Clinical Diagnosis of Influenza in Outpatient Children. Clin Infect Dis. 2005;41(8):1198-1200.
迅速検査に関するCDCガイダンス
耐性監視に関する文献
- CDC:Influenza Antiviral Drug Resistance
- Ujike M, et al. Oseltamivir-Resistant Influenza Viruses A (H1N1) during 2007–2009 Influenza Seasons, Japan. Emerg Infect Dis. 2010;16(6):926-935.
- Moscona A. Global Transmission of Oseltamivir-Resistant Influenza. N Engl J Med. 2009;360:953-956.
- Leung NHL, et al. Global emergence of neuraminidase inhibitor-resistant influenza A(H1N1)pdm09 viruses with I223V and S247N mutations. Lancet Microbe. 2024.
- CDC EID:Multicountry Spread of Influenza A(H1N1)pdm09 Viruses with Reduced Oseltamivir Inhibition, May 2023–February 2024
- Zhang L, et al. A primary oseltamivir-resistant mutation in influenza hemagglutinin and its implications for antiviral resistance surveillance. Nat Commun. 2025.
日本国内のサーベイランス
- 新潟大学:2023-2024年シーズンの日本におけるインフルエンザサーベイランスの概要(2024年12月25日作成)
日本の診療指針


