認知症の患者さんに抗うつ薬を処方する際、その影響について十分に考慮していますか?特に認知機能への影響は、私たち薬剤師が日々の業務で注意すべき重要なポイントです。今回は、認知症患者における抗うつ薬の使用と認知機能低下の関連について、最新の研究結果をもとにお伝えします。
目次
抗うつ薬は認知症患者の認知機能低下を加速させる可能性がある
認知症患者さんには、うつや不安などの精神症状がしばしば見られます。これらの症状の改善を目的として抗うつ薬が処方されることが多いですが、最新の研究によると、抗うつ薬の使用は認知症患者の認知機能低下を加速させる可能性があることが示されています。
スウェーデンの認知症登録システム(SveDem)のデータを用いた大規模コホート研究(2025年発表)では、18,740人の認知症患者を対象に、抗うつ薬の使用と認知機能の変化を追跡調査しました。その結果、抗うつ薬を使用している患者は、使用していない患者に比べて認知機能の低下が速いことが明らかになりました。

ポッポ先生
この研究では、MMSE(ミニメンタルステート検査)スコアの年間変化を測定していますが、抗うつ薬使用群は非使用群と比較して、年間平均0.30ポイント多く低下していることがわかりました。特に重要なのは、この関連性が様々な交絡因子(年齢、性別、併存疾患など)を調整しても残ったという点です!
MMSEって何ですか?0.30ポイントの差って、臨床的にどのくらい意味があるのでしょうか?

オカメインコ

ポッポ先生
MMSEは認知機能を評価する簡便な検査で、30点満点です。一般的に、年間1〜3ポイントの変化が臨床的に意味のある変化とされています。0.30ポイントの差は単独では小さいように見えますが、長期間にわたると蓄積され、重要な意味を持つ可能性があります。
なぜ抗うつ薬が認知機能に影響するのか?
抗うつ薬が認知症患者の認知機能に影響を与える理由はいくつか考えられます。まず、抗うつ薬の種類によって、脳内の神経伝達物質に与える影響が異なります。三環系抗うつ薬(TCA)は抗コリン作用を持ち、これが認知機能に悪影響を及ぼすことが知られています。
一方、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)については、神経新生の促進やアミロイド沈着の減少など、むしろ認知症の進行を遅らせる可能性があるという研究もありました。しかし、今回の研究ではSSRIも認知機能低下と関連していることが示されています。
SSRIも悪影響があるなんて意外ですね!どの薬が特に影響が大きいのでしょうか?

オカメインコ

ポッポ先生
この研究では、SSRI(セルトラリン、シタロプラム、エスシタロプラム)とその他の抗うつ薬(ミルタザピン)が認知機能低下と有意に関連していました。特にエスシタロプラムは年間0.76ポイントのMMSE低下と関連しており、最も影響が大きかったのです。
どのような患者が影響を受けやすいのか?
研究結果から、抗うつ薬の影響はすべての認知症患者で均一ではないことが示されています。特に以下の特徴を持つ患者さんでは、抗うつ薬による認知機能への影響がより大きい可能性があります:
- 重度の認知症患者(ベースラインMMSEスコア0〜9点)
- 男性患者
- 不安薬を使用していない患者
- メマンチンを使用していない患者
また、認知症のタイプによっても影響が異なり、アルツハイマー型認知症、混合型認知症、血管性認知症、及びその他の認知症では有意な関連が見られましたが、レビー小体型認知症とパーキンソン病認知症、前頭側頭型認知症では有意な関連は見られませんでした。

ポッポ先生
興味深いことに、若年(78歳未満)の前頭側頭型認知症患者では、抗うつ薬の使用が認知機能の改善と関連していました。これは前頭側頭型認知症の特性と関連している可能性があります。
抗うつ薬の種類と用量による違い
この研究では、抗うつ薬の種類や用量によっても影響が異なることが示されています。主な知見は以下の通りです:
- SSRI間での比較:エスシタロプラムはセルトラリンと比較して認知機能低下が速く、シタロプラムはセルトラリンと比較して低下が遅い
- 用量の影響:SSRIの高用量(>1.0 DDD, 定義された1日用量)は、認知機能低下だけでなく、重度認知症、骨折、死亡リスクの増加とも関連
DDDって何ですか?実際の臨床でよく使われる用量と比べてどうなのでしょう?

オカメインコ

ポッポ先生
DDDとは「Defined Daily Dose(定義された1日用量)」の略で、WHO(世界保健機関)が定める各薬剤の標準的な1日用量です。例えば、セルトラリンのDDDは50mg、エスシタロプラムは10mgです。研究では、これらの標準用量を超える処方が特に注意が必要ということですね。
臨床現場での実践的な対応策
これらの研究結果を踏まえて、私たち薬剤師は認知症患者に対する抗うつ薬の使用について、どのように考えればよいでしょうか?以下に実践的な対応策を示します:
- 慎重な薬剤選択: 認知症患者にやむを得ず抗うつ薬を使用する場合は、認知機能への影響が少ない薬剤を選択することが望ましい
- 最小有効量の原則: 常に最小有効量での処方を心がける
- 定期的なモニタリング: 抗うつ薬使用中の患者は、認知機能の定期的な評価を行う
- 薬物相互作用の確認: 抗コリン薬やコリンエステラーゼ阻害薬との併用に特に注意
- 非薬物療法の検討: 可能な限り非薬物療法(認知行動療法、環境調整など)を優先する

ポッポ先生
重要なのは、抗うつ薬がすべての認知症患者にとって禁忌というわけではなく、ベネフィットとリスクのバランスを考慮して、個々の患者に適した判断をすることです。うつ症状が重度で日常生活に大きな影響がある場合は、抗うつ薬の使用が正当化されることもあります。
まとめ:抗うつ薬と認知機能低下の関連を理解し、適切な薬学的ケアを提供しよう
認知症患者における抗うつ薬の使用は、認知機能低下の加速と関連する可能性があることが最新の研究で示されています。特にSSRIの高用量使用は認知機能低下だけでなく、重度認知症、骨折、死亡リスクの増加とも関連しています。
このような知見を踏まえ、私たち薬剤師は処方内容の適切性を評価し、医師や他の医療スタッフとの連携を強化することが求められます。認知症患者のQOL向上のためには、薬物療法のリスク・ベネフィットを慎重に評価し、個々の患者に最適な薬学的ケアを提供することが重要です。
認知症の方にとって、うつ症状も認知機能も両方大切ですよね。バランスが難しそうです…。

オカメインコ

ポッポ先生
そのとおりです。大切なのは「どちらが正しいか」ではなく、その患者さんにとって「何が最適か」を考えることです。私たち薬剤師は、最新のエビデンスを理解した上で、患者さん一人ひとりの状況に合わせた薬学的ケアを提供する責任があります。
参考文献:
- Mo M, et al. Antidepressant use and cognitive decline in patients with dementia: a national cohort study. BMC Medicine (2025) 23:82